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次の日から加瀬さんと私はただの上司と部下に戻った。
……と言いたいところだけれど、加瀬さんの私への態度はほとんど変わっていない。
プライベートで連絡を取り合うことはなくなったものの、元々職場ではお互い節度ある態度で接していたから、私たちの関係の変化に気づく人はいないようだった。
かと言って、わざわざ「私たち、別れました」と宣言するのもおかしいし……。
終業後に他のスタッフが私たちに気を遣うような行動をとるのを何度か目にして、どうしたものかと悩んでいた。
「もしかして、加瀬さんとケンカしました? 何だか加瀬さん、拗ねてるって言うか、ふてくされてません?」
だから二階堂さんに尋ねられた私は、内心(やった!)と躍り上がった。
「実は私たち、二日前に別れたの」
「え⁉ そうなんですか?」
「うん、付き合ってみたらいろいろ合わないことが出てきてね」
加瀬さんが言ったように、育ってきた環境が違うのだから合わなくて当たり前なのかもしれないけれど、犯罪を許容するわけにはいかない。
「そっかぁ。お似合いだと思ったんですけどね」と首を傾げた二階堂さんは、「私がけしかけたのがいけなかったのかも。すみません」と続けた。
まさか謝られるとは思ってもみなかったから、「え? どうして?」と彼女に問いかけた。
「私、離婚の痛手には新しい恋が何よりの薬だと思って、お二人を応援してたんです。でも、急ぎすぎだって言うスタッフさんもいたから、もっとゆっくり相手を知ってからの方が良かったのかもと思って」
シュンと項垂れた背中を、「二階堂さんのせいじゃないわよ」と言いながら撫でる。
以前、皐月が指摘したように、すぐ次の人を求めてしまった私がいけない。
「でも、世の中には素敵な男性がたくさんいますからね。そのうちきっと沢渡さんにピッタリ合う人が現れますよ。割れ鍋に綴じ蓋みたいな?」
二階堂さんが大真面目でそんなことを言うから、思わず吹き出してしまった。『割れ鍋に綴じ蓋』とは、自分たちのことを謙遜して言うときに使う言葉だから。
でもこのフレーズには、夫や妻を大切に思っていて、自分に似合ってくれていることへの感謝の気持ちが込められていることが多い。
私もそう思える人に出会えるかな? まずは一人で立ってからだけれど。
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