私は橋から飛び降りた

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「ごめんね、散らかってて」 「いえ、急にすみません」 私はこれまでのことをオブラートに包んで話し始めた。 「高橋さんが言いたくないならそれでいいんだけど、ぶちまけたい時ははっきり言ったほうがスッキリするわよ。私も若狭さんに不本意に成績略奪されたことが一度ならず何度もあるからね。あの子嘘が上手いし、男取り込むの上手いからね」 私は若狭さんと謙二のことを包み隠さず暴露した。流石に謙二の件は係長も驚いて困っていたが、状況は察してくれた。 「私もそろそろ復帰するし、若狭さんはそろそろ部署異動になるはずだから、あと少し耐えられるのなら待っててもらえる? 課長も高橋さんの事は評価してたし、私から若狭さんの異動はそれとなく提案してみる。もし若狭さんが残っちゃったら高橋さんが希望すれば他の部署も検討するから」 「ありがとうございます。でも、私若狭さんと気まずいです」 「そうよね……。そうだ! 私のとっておきを教えてあげる」 「何ですか?」 「プレッシャーに押しつぶされそうな時やどん底だって時に、これ以上ないほどの恐怖を味わってみるの。大声出して感情のままに叫ぶの。そしたらね、ふと何でもできる気がしてくるのよ。騙されたと思ってやってみて。清水の舞台から飛び降りる的発想よ!」 そして今、私は橋の上に立っている。 パンフレットで見た時は、こんなに高いなんて思わなかった。高所恐怖症の私にとっては今まさに恐怖と戦っている。事前に誓約書を書かされるという死がリアルに寄り添ったこのアクティビティー。両足がワナワナと震えている。 私は、若狭さんに左右される人生と、浮気性の男を選んでしまう日々から卒業したい。ここを飛び降りれば、私は新たな人生を始められるだろうか。 「Are you ready?」 「ノーウェイトウェイト!」 私は全然準備ができてない。 「You can dive. 3, 2, 1」 私は心を決めて橋から身を投げた。 あー、私の体は川に向かって落ちていく。 そうか、確かにこの感覚は私に何でもできるかもしれないと言う勇気を与えてくれるような気がする。バウンドする紐は私の命を取り留めたと教えてくれる。 係長は言ってくれた。 卒業しちゃえばいいんだと。私のこれまでの実績は他社でも通用するから私が望むなら会社を辞めてもいいと。 心を病む前に、人生を辞める前に、今の自分から卒業して、そして焦らずゆっくりと新たな生活を始めればいいと。 子供を卒業する様に、親を卒業する様に、今の辛い日々から卒業しちゃえばいいんだと。 私はバンジージャンプでこの数年の自分から卒業できたなんて思ってない。自分で始めなければ新たな人生は始まらない。もうダメだと思ったら私はいつでも会社を辞められる。叫びたくなったら思いっきり叫ぶ。 私が私の人生を歩むために、私は何度だって卒業する。
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