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「お隣いいですか?」
「どうぞ」
私はいつものように笑顔で男性に答えた。今日はついている。背が高く、ガタイの良い男らしいフェロモン溢れる男性だ。
「すみません、さっきあっちに座ってて話聞こえてきちゃって、なんか仕事大変そうですね」
「あ、うるさくてすみません」
「うるさくなんてないですよ。こんな可愛い女の子が辛そうだなって気になって聞き耳立てちゃいました」
頭に片手を乗せて申し訳なさそうに笑いかける彼はいい人そうに見えた。
「社会人になってどれくらいですか?」
「2年目です」
「じゃあまだ慣れなくて大変でしょう」
「はい」
「しかも先輩個性的なんだね」
個性的という優しい言い回しに大人の男性を感じてしまう。歳は30くらいだろうか、今まで声をかけて来た人たちとはちょっと違う気がした。
「どうやったら真に受けず、聞き流すことができるんですかね〜」
「俺がどっちかっていうとあんまり気にしないタイプだからなぁ」
じゃあ、何故声をかけて来たのかと思ってしまうが別にここは私の悩み相談室ではないので解決しようと思う私の方がおかしいのかもしれない。
「羨ましいです」
「あはは。まぁ、色々言ってくる人の勉強になるなってところだけ聞いてあとは自分のやり方でいいんじゃないの? 失敗しても自分で責任取れればだけどね」
「責任は取れないですから……」
「だよね。俺、よく後輩から相談されるんだけど、全然役立たなくてさ。やっぱり俺って指導とかできそうにないな」
「指導ですか?」
「あぁ、今度大きなプロジェクトのチームリーダーになるんだよ。人数も増えて、悩む子にどうやってアドバイスしようかなって思ってさ」
「それで私に?」
「そう、勇気出して声かけてみた。結局上手いこと言えなかったけどね」
残念そうな笑顔を浮かべてグラスのウィスキーを飲み干した。カッコいい……。
この時、何故かっこいいと思ったのかは分からない。話としては全然できない上司の話のはずなのに、それが何となく可愛らしく、男らしさと相まって魅力ある男性に見えてしまった。
その日私は初めて行きずりの関係というものを経験した。連絡先も聞かずに私は朝1人でホテルを出た。
勿体無いことをしてしまったかな。でも、聞いてしまうと私は依存してしまい、彼は私に気持ちがない場合、最悪な結果になる気がして、カッコいい去り方を試してみた。
運命であれば、彼が欲すればまたあのバーで出会えるはずだから。
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