34人が本棚に入れています
本棚に追加
規則性もなく堆く積まれた見積書の山を私は集中して一気に片付けた。これで仕事を教えてもらえる。そう思っていたがまだまだ私は甘かった。
「課長〜、私忙しいのでこれ高橋さんにお願いしても良いですかぁ?」
「あぁ、でもそろそろ客先にも連れて行ってくれよ」
「連れて行ってあげたいんですけどぉ〜。ほら、私のお客さんって結構癖が強いじゃないですかぁ。最初にそこは可哀想かなぁって」
「そうか、そうか。それもそうだな」
それから1週間、私は若狭さんの雑用のみを行っていた。
「高橋さぁん、今度A社に一緒に行くから会社情報とかこれまで売ってる製品チェックしといてね〜」
やっと連れて行ってくれるらしい。やっぱり、若狭さんは優しい先輩だったんだ。私に気を遣って選んでくれていたんだ。
A社の情報をインターネットでまず検索した。すぐに見つかったが、手作り感溢れる質素なホームページであまり会社情報を得る事ができなかった。
次に会社のシステムでA社の購入履歴を調べた。年に3回ほどの売り上げで金額もそんなに大きいものではないがそんな事で顧客を判断してはいけない。
私は若狭さんに調べた内容と他に知っておいた方がないかと聞いておいた。
「う〜ん、それでいいんじゃない。パンフレット一式とサンプル準備しておいてね〜」
「ありがとうございます。準備しておきます!」
私は一通りのパンフレットとサンプルを準備して翌日の訪問に備えた。
当日は、電車で移動することになっていた。
準備したパンフレットやサンプルが入った紙袋と自分の鞄で肩がもげそうだった。
そう言えば、若狭さんはいつもこんなに荷物を持っていなかった気がした。今日はもしかして私は荷物持ちで呼ばれたのかと思っていたが甘かった。
駅のホームに着くと若狭さんは徐に自分の鞄を渡してきた。
「高橋さん、髪結直したいからちょっと鞄持っててくれる?」
「はい」
私は左手で紙袋を持ち鞄を右肩にかけていたので右手で若狭さんの鞄を受け取った。
若狭さんが髪を整え終わる前に電車が来てしまい、私達はそのまま電車に乗った。
平日でも電車は座る席が空いていない。乗客達はスマホを見たり、本を読んだり、目を閉じていたりと私のこの違和感に気がついていない。気がついたところで良くて可哀想にと思うだけで誰も何も言わないだろう。
若狭さんは窓に映る自分を見ながら髪を結い直し、スマホを見始めた。
えっと、鞄は? そう思ったが、返すタイミングが掴めない。もし、仕事の事で何かしていたら……いや、あれは若狭さんのプライベート携帯。どうしよう……。
「あの、若狭さん……」
しっかり聞こえる声量で声を掛けたつもりだったが、反応がない。もう一度声を掛けてみる。
「若狭さん、あの……」
「ちょっと邪魔しないでくれる?」
いつもの可愛らしいふにゃにゃしたあの高い声では無い。初めて聞く低い声。
邪魔しないでと言われても、私はこの鞄をどこまで運ばされるのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!