私は橋から飛び降りた

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電車を降りても改札を出ても先輩は鞄を引き取ろうともせずスタスタと私の前を歩き続けていた。この角を曲がればA社が見えてくる。 そう思った瞬間、若狭さんはいつもの笑顔で振り返った。 「あれぇ〜、鞄なぁ〜い! 高橋さん!! 持っててくれたのぉ〜? ありがとう」 白々しい。持ってない事を気がつかないなんてあるのだろうか。 「私、よく彼氏にお前抜けてるなぁって言われるんだよねぇ〜」 鞄を持ってない事にこんなに気がつかないなんて抜けてるにも程がある。私はようやく若狭さんに鞄を返して角を曲がった。 あれ? 角を曲がる前ってかなりの計算高くないか? 私達は会議室に通され、心配していた名刺交換などは完璧に行う事ができた。あとは若狭さんの指示が出たらスムーズにパンフレットとサンプルを出すだけだ。 注意深く若狭さんの話を聞いていた。最初は天気の話で次に今購入している商品について困ったことはないかや今後も購入は続けてくれるのか、購入量は変わらないのかを確認すると若狭さんは話を終え、お礼を言って席を立った。 あれ? 私の肩がもげそうなほど重かったパンフレットやサンプルは? 私は若狭さんが忘れているのかと思い、紙袋を若狭さんに見せたが、彼女はそれがどうしたと言う顔をして会議室を出た。 何のために私はこんなに重い思いをしなければならなかったのだろうか。 帰りも若狭さんは私の持っている紙袋について何も言わず、またもやスマホを触っていた。 もしかして、私は若狭さんに嫌われているのだろうか。でも、私は若狭さんに嫌われる事なんてしていない筈だ。 「高橋さぁん、私ここで降りるから高橋さんは30分くらい時間潰して会社に戻ってね〜」 「え?」 時計を見るとあと30分で終業時間になる。この駅からだと会社まであと30分。考え尽くされた指示。やっぱり若狭さんは抜けてなんていない。計算し尽くされた行動だ。 「あの、私も直帰してはいけないんでしょうか?」 「え〜、高橋さんは新入社員だし、それは印象悪くなるんじゃ無い? 私は別に高橋さんが直帰しても関係ないけど」 確かにそう言われるとそうかもしれない。 私は若狭さんに言われるがまま30分駅ナカのカフェで時間を潰した。新入社員の私にとって600円の出費は痛い。どうしてこうもここのカフェは高いのだろうか。でもここを逃したら外に出ないとカフェは無いし、余分な交通費は実費となってしまう。 駅のホームのベンチでじっとしておくべきだったと後悔している。 一時間後、オフィスに戻ると課長が声を掛けてきた。 「高橋君、若狭君からも言ってくれたらしいが、終業時間超えた場合は戻ってこなくてもいいんだぞ」 「若狭さんがですか?」 「あぁ、一時間くらい前に若狭君が電話くれたんだ。君はそのまま電車で会社に戻るって言って聞かないから会社に戻したと」 話が違う。確かに会社に戻ると決めたのは私だし、戻ってきたが、それは若狭さんが印象がどうのこうのって言ったからなのに。 「はぁ、私はまだ新入社員ですから」 「いい、いいよ。ちゃんと直帰する時は電話してくれればいいから今度から気を遣わなくていいから」 「はい。ありがとうございます」 モヤモヤしたがそれ以上は何も言わず、私は紙袋を置いて退社した。
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