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若狭さんの嫌がらせとも言うべき行動に耐え続け、私は入社して半年が経った。うちの会社ではそろそろ担当先が決まり、先輩のフォローを受けながら一人で担当し始める時期だ。その先輩はもちろん若狭さんだが、これを乗り越えれば私は解放される。
振り分けられた顧客はA社を含む売上規模の小さな先だが、まずはこんなもんだろう。私は担当交代の挨拶を徐々に行ない、これからという時だった。
予定していた出張が先方の都合で翌週に変更となった。出張が延期になってもやる仕事はそれなりにあったため、その日私は少し遅い時間に上がり帰路についた。電気を消していたはずの私の部屋にはほのかに電気がついている。消し忘れた? でもそれなら何故あんな灯りなのだろう……。あー、彼氏が来てるんだ。
私は、いつものように鍵を開けて玄関の扉を開いた。私の部屋は残念ながら、扉を開くとベッドが丸見えだ。
あぁ……こんな事って物語だけのイベントだと思っていた。ふわふわ巻髪の女が真っ裸で、真っ裸の彼氏の上にまたがっている。
女もよくこの部屋に入ったな。何処からどう見ても女の部屋じゃないか。あー、そのシーツお気に入りだったのに。ベッドは彼との思い出が沢山あるのに。買い直さなきゃ。いや、引っ越さなきゃかな……。
こんなに冷静にこの状況を見ている私ってなんなんだろう。
「なんで……」
「なんではこっちのセリフです。ここは私が家賃を払い、私が選んで両親が買ってくれた家具家電があり、そこにかかっている下着は私が稼いだ給料で買ったものです」
ははっ。私って可愛くない。最近、全てがストレスだった。ブリブリぶりっ子の計算高い先輩、女の匂いがする彼氏。全てが私の心をすり減らす邪魔な存在だった。
あんなに尊敬し、頼りあると思っていた彼氏は会社の人に比べた口だけのできない男にしか見えなくなっていた。頼りにもできない。私は彼氏という存在に縋っていただけだった。
彼氏は裸の女から離れ見苦しい肉体を見せながら私に近づいてきた。
「違うんだよ、これは、この子が無理矢理」
「うちに連れてきといてそんな言い訳が成り立つと思いますか?」
「ごめん、ずっと言い寄られてて、一回したら諦めてくれるって言うからさ」
パチン。
見事に女の平手打ちが決まった。
「最低。彼女とは別れるからって迫ってきたのはそっちでしょ」
男とはなんて馬鹿な生き物なのでしょうか。すぐにバレる嘘を平然とつく。
「どうぞ。こんなどうしようもないお古でよろしければ、私も別れる理由探していたところなのであげます」
「要りません。もう、連絡してこないで!」
人のものだからこそ価値は高まる。だが、本当に価値がない男はこうやってすぐに捨てられる。私の学生時代はこの価値のない男に支配されていたが、それでも私はその日々を後悔しない。
「鍵返してね。お幸せに」
彼は裸のまま私に土下座している。浮気症はそう簡単に治るわけがない。私に心の余裕があれば、いや、どん底ならこの土下座を受け入れたかもしれないが、私は余裕も無ければこの男に縋るほど落ちぶれてはいない。
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