袋に種と夢を詰めて

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袋に種と夢を詰めて

君は花作りの旅人の足あとを見たことがあるかい? 皆が眠る夜更け。その旅人は、袋に詰めた種を黙々と蒔いていく。 旅人に月が尋ねる。 「君はどうして花なんか作っているんだい?」 旅人は地面をじっと見たまま答える。 「花が咲く姿は美しい。それを多くの人に見て貰いたい。それだけさ」 月は旅人を照らしながら問いかける。 「でも誰も君の存在を知らないんだよ、虚しくならないのかい?」 旅人は蒔いた種に優しく土を被せながら、 「いや、この花たちだけは僕のことを知っているから。虚しくも寂しくもないさ」 愛おしそうに蒔いた種のある辺りに春風の息吹きを吹き掛ける。 花作りの旅人は、袋が空になるまで種を蒔き終えると、森に帰って葉っぱを編んで蔦のつるで吊るしたハンモックで静かに眠りについた。 花が咲き、その花が命を枯らすときに、一瞬だけ花作りの旅人の足あとを見ることが出来る。 命の限りに精一杯広げた花びらが、ひとひらずつ散っていく。恵みをくれる大地に、流れる川の水面に、舞い上がって羽のように空に。 ふわりひらり。粉雪のように踊る、風に乗った花びら。それが花作りの旅人の足あとだよ。 誰かの髪にひとひら、誰かの肩にひとひら。 無邪気に遊ぶ幼子たちは、地面に落ちた花作りの旅人の足あとをかき集めて遊び、楽しそうに空へと放つ。花吹雪がまるで打ち上げ花火のように咲き乱れ、幼子たちは天使のような微笑み。 ああ、春が来た。 今年も人知れず花作りの旅人がやってきた。 蝶が、小鳥が、蜜を求め花に戯れる。 どんなに寒く厳しい冬でも、必ず春はやってくる。 花作りの旅人は、咲き誇る花々を我が子のように目を細めて見守り、また違う町へと旅立って行く。 大きな袋を担いで、片手でハーモニカを吹きながら、花作りの旅人は華やかな音色を奏でて、花という夢を咲かせるために終わらない旅を続ける。 (終)
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