プロローグ

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プロローグ

「パパ! 大変!」  こんな風にチョットマが駆け込んでくるのは、これで三度目だ。  最初はサリがいなくなったといって。  二度目はセオジュンの姿が見えないと。 「そんなに慌てて」 「プリブが!」  と勢い込む横から、スミソが顔をのぞかせた。  チョットマはパリサイドの世界でよく見かける簡素な服装だが、スミソは武器を携帯している。  ここはパリサイド宇宙船団の母船。  狭い船室。イコマの部屋である。  パリサイドの身体を得て、下着の一枚さえ持たないイコマにとって、ベッドとテーブルと数脚のチェアさえあれば、事足りる。  チョットマは顔を紅潮させていた。 「さあてと」  わざと悠長な声を出して、イコマは自分用の椅子に座った。  スミソは常に変わらぬ冷静沈着さで、いつものようにチョットマに付き従うように立っている。 「とんでもないのよ!」 「なにが?」 「逮捕されたのよ!」 「えっ」 「ひどすぎる!」  先刻、二人のパリサイドが現れ、プリブを連行していったという。 「ありえないでしょ!」 「理由は?」 「あいつら、何も言わないのよ!」 「うーむ」  不安が湧き上がってくる。  このところ、母船を覆う、得体のしれないかすかな不安。  太陽フレアの襲撃から逃れた地球人類やアンドロ達、そしてパリサイドとなったアギは、全員がこの船に集結している。  母船名は「スミヨシ」  ニューキーツ市民が乗りこんだ「あけぼの丸」を含め、すべてのシップもスミヨシ内に格納された。  まだ何百万の命が地球上に残されているだろうが、パリサイドは地下深くに潜った彼ら全員の救出は断念したようだ。  いわば見捨てたことに、漠然とした不満を持った者も少なくない。  イコマもその一人だが、ユウによれば、やむなし、ということになる。 「こっちにも制限時間ってものがあるんだから」  棘のある言い方だと思ったのか、 「進んで乗り込んでくれる人たちじゃないから」と、申し訳なさそうに言い添えたものだ。 「逮捕ねえ」  令状は? などと聞いても、意味はない。  イコマはじめ、パリサイド社会の仕組みはまだ誰も全く知らない。 「公式な……」  それでも思わず口から出た言葉に、チョットマとスミソも顔を見合わせるばかりだった。 「目の前で連れ去られたのです」  スミソが申し訳なさそうに付け加えた。 「向こうは完全武装してましたし、こっちはその時……」  引き立てられていくのを追いすがっても、結局は黙って見送るしかなかったという。  スミソは表情を変えない男だが、この時ばかりは武器をガチャリといわせた。 「まあ、座って」  イコマは、冷静に穏やかに話せ、と自分に言い聞かせて、二人に椅子を勧めた。  腰を下ろすチョットマの緑色の髪が、ふわりと大きく揺れた。  舞い上がった髪は、ゆっくりとチョットマの肩に、背に落ちていく。  この船の重力は、地球上に比べて半分ほど。  「あけぼの丸」でのそれは地球より少し小さい程度だったが、パリサイドの世界ではもっと小さいのかもしれない。  宇宙空間を飛び回る彼らにとって、重力は極限にまで小さい方が都合がいいのだろう。  天体による引力がほとんど働かない宇宙の只中。  ダークエネルギーだけが渦巻く、暗闇の世界。  船の中で、どのようにして重力を生み出しているのか知らないが、パリサイドはそれを自由にコントロールできる。  あけぼの丸が地球の重力圏から離脱し、全員が母船スミヨシに移乗してから、ひと月足らず。  太陽系の黄道に直角に進路を取っている。  惑星が居並ぶルートではない。  すでに太陽から約0.15光年ほども離れた位置にある。  黄道に沿って飛んでいるなら、太陽系惑星群やカイパーベルトは遥か後ろに過ぎ去り、オールトの雲さえも通り過ぎようとしている計算だ。  すさまじい速度であるといえる。  かつて、神の国巡礼教団が地球を飛び立った時の宇宙船の性能に比べて、革新的な進歩である。 「で、隊長は?」 「うん。これから暫くは単独行動は慎むようにって」  事情が掴めるまで、所在を明確にしておくようにと。  スジーウォンが下した判断は正しい。  逮捕、とチョットマはいうが、公式な手続きを経た連行かどうかもわからない今、隊として最善の態度は身を硬くしておくこと。 「レイチェルには?」 「スジーウォンが」 「うむ」 「万一を考えて、誰かが必ずレイチェルの身辺を固めるって」 「臨戦態勢?」 「ううん、そういう感じでもないけど」  スミソが言い直した。 「レイチェルに危害が及ぶことはないと思われます。これは我々、隊の問題でしょうから」 「ふむ……」 「パパ、私、どうしたらいい?」  以前にもこの台詞を聞いたことがある。  その時のチョットマの上官はンドペキ。  今回もイコマは、「ンドペキの元へお行き。彼も……」  守らなければいけないかも、という言葉を飲み込んだ。  ニューキーツ東部方面攻撃隊。  あけぼの丸に乗り込んで、それは「あけぼの丸自警団」と名を変えた。  しかし、この母船に移乗するや否や、解体を命じられたのだった。  もはやこの先、戦闘部隊は必要ないと。  その時のスジーウォンの言葉はこうだ。  気が利いている。 「私たちは、戦闘集団じゃないさ。元々ね。名前は攻撃隊でも、実はただのゴミ拾い集団だったのさ」  そう。  ニューキーツの街を前時代の殺傷マシンから守るとともに、彼らが体内に有するレアメタルを集めて金に換えていた攻撃隊。 「ハクシュウ隊からンドペキ隊ときて、スジーウォン隊になった。それだけのこと。でも、言われる通りにしようぜ。東部方面攻撃隊も、自警団ってのも解散だ」  と、コリネルスが応え、チョットマら隊員達の戸惑い気味の視線を浴びたのだった。 「これから、ゴミ拾い集団スジーウォン隊、かあ……」という呟きとともに。
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