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5 ユリウス宇宙の話なんて
「任務は、ある調査を……」
食い下がって聞くつもりはない。
「まあ、なんだな。大変ってことや。いろいろと」
「まあねえ。またパリサイドの世界観を説明しようか」
「ああ」
宇宙空間。
つまり人類が住む空間としてのこの宇宙。
これ以外に、多くの宇宙が存在することは周知の事実である。
人類がそれらを自由に行き来することは未だできないし、その必要もないが、多元宇宙という概念は既定となっている。
「パリサイドは、次元の狭間を潜り抜ける。ユリウス宇宙、僕達の住むのこの宇宙の隅々まで到達することができるんだよな」
「そうよ。簡単なことじゃないし、最遠部は無理だけどね」
「かつて神の国巡礼教団は、そうやって宇宙を旅しようとした。初めて人類は本物の宇宙空間に飛び出し、冒険に出たわけだ。次元の狭間を縫って」
「うん。でもそれはちょっと違うのよ。次元の狭間って、本来、次元と次元を隔てる隙間のような場所であって」
「正確に言うと、そういうことになるか」
「私たちがいるこのユリウス宇宙、それを包んでいるこの次元、つまりユリウス次元の本当の構成は、二十世紀に生きた私たちの理解とはまったく違っていたのよ」
宇宙空間を平面に例えると、アコーディオンのように折り畳まれているという。
折り畳まれた空間がまだ折り畳まれて。と、それが繰り返されているらしい。
「その折り畳まれた尾根の部分を渡っていけば、かなり遠くまで瞬時に移動できるということ」
「次元の隙間じゃなかったわけだな」
「そういうこと」
「空間三次元に時間を加えて4次元、と考えられていたでしょ」
「ああ」
「それも違ったのよ。実際は、三の三乗の空間、つまり二十七次元。次元というからややこしいけど、つまり27個の次元要素があるってことね」
「そんなに!」
「地球人類はここをホームディメンジョンと呼んでいたけど、私達はJディメンジョン、つまりユリウスディメンジョンと呼んでいるわ」
こうしてユウは、少しずつパリサイドの世界観を教えてくれる。
理解を超えているし、正直に言うと、どうでもいい話だと思うこともあった。
しかし、なんとか理解したいとも思っている。
それがひいては、神の国巡礼教団解体後、彼らが自らをパリサイドと呼ぶようになった経緯や、この肉体を持つようになった経緯を理解する元となる。
パリサイドの歴史を知る上で、彼らが得た宇宙観を知らねばならない。
かといって、イコマにとって、歴史はそれほど重要ではない。
歴史学者でもないし、興味がそそられることもない。
知りたいのは、ユウが過ごしてきた年月の中身だけ。
ユウが話すパリサイドの世界観の話を面倒とは思うが、いつも黙って聞くことにしている理由だ。
「ノブは時間について、どう思う?」
「時間の流れが場所によって違うってこと? アンドロの次元みたいに」
「全然。焦点がずれてる」
「だろな」
「空間の概念と同じ。人間が感じられる時間の流れはひとつだけ。でも、実際は違う。時間と空間は切っても切れない関係にあるのよ」
「つまり、時間の流れも二十七あるってこと?」
「そのとおり」
これがパリサイドの一般的な理解だという。
目には見えないし、人には感じることもできないが、ユリウス宇宙を含むこの次元には、二十七の空間軸があり、時間軸があるという。
「この母船内にもね」
「なるほどねえ。といっても、実感ないな」
「今、私たち、どこを移動していると思う?」
「ん?」
「この船は今、特殊な航行モードに入っている。さっき言ったアコーディオンの尾根の上を大股で渡り歩いているようなもの。次元の隙間じゃなくて、この次元内にある特異な境界線上、ということね」
「じゃ、あれはどうなる? アンドロの次元は」
「全くの別次元。太陽系や銀河系のあるこのJ次元じゃない」
「ふむ」
「別宇宙の数はある程度は想定されているけど、別次元の数は誰も知らない。そもそも、あまたの宇宙は、それぞれが属する何らかの次元の海に浮かんでいる泡のようなもの」
「多元宇宙とはいうけど、それを内包する次元の数たるや、それこそ無限ということやな」
「それぞれの次元に、私たちが知っている宇宙というような空間があるかどうかは別だけど」
「はあ」
そろそろ本題に戻した方がいい。
これ以上、聞かされてももう頭に入らない。
イコマはフゥと溜息をついて、ユウの髪をいじった。
「それで、今回の任務。調査ってのは?」
「私達はこのユリウス宇宙の警察でもないし、領土だとも思ってない。それでも、どこでどんなことが起きているのか、把握しようとしてきた」
「ああ」
「安全に生きていくために」
「で、太陽の活動も見てたんだな」
「もちろん。かけがえのない地球に関わることだから」
イコマには少々、不満もある。
いや、疑問か。
ユウに言ってもいいものかどうか、逡巡していたが、聞いておきたいという気になった。
「なあユウ、最近、というか、ここへ来てからかな、関西イントネーション、消えてるで。なんで?」
「えっ」
「いや、なにか理由があるんやろな。言わんでもええ」
ユウが、少し厳しい顔を見せた。
「ノブ、あーあ、って感じ」
「ん?」
「そんな疑問があるねやったら、なんでもっと早く言わへんかなあ」
「まあ……」
「大体、そんなどうでもええこと、私に言われへんって、どういうことなんやろ」
「えー」
「その方がいいん?」
「いや」
「六百年、使うてない。理由はそれだけ。それにノブもそうやん。大阪弁とちょっと違うやん」
意識して使うこともない、ということになった。
「すまん」
「なんで謝るかなあ」
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