決別

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「久我...っ!」 気付いた時には体は勝手に動いていて、刺された痛みなど忘れ大河はその手を思い切り掴み取る。 久我は驚いたように目を見開いていたが、喉元を切ったせいか上手く声が出ないらしい。 「久我、現実から逃げんなよ。どんな理由であれ、お前の意思でやってきた事だろ...ちゃんと向き合って、しっかり生きろよ」 大河が静かにそう伝えれば久我の口元は小さく動き、自身の名前を口にしたのだとわかる。 目の前で誰かが死ぬ姿なんて見たくない。 とにかくそれを防げたことに大河は安堵し、違和感と痛みの残る右手で掴んだ久我の腕を引こうとした。 しかしその時、腹部から流れ出た血液で濡れた手からするりと久我の体温が抜ける感覚がある。 「...っ、!」 それと同時に久我はバランスを崩し、屋上の縁から足を滑らせた。 「久我、!」 咄嗟に腕を両手で掴み、絶対に離して堪るものかと渾身の力を振り絞る。 「ダメだ久我、こんなとこで死なせねぇから」 「...、っ」 力を込めたことで傷口が圧迫され、腹部からはどくどくと血が溢れた。 大河の必死の思いも虚しく、またずるりと掴む腕が滑る感覚があり、久我によって痛めつけられた右手も痺れて、思うように力が入らなくなってきている。 ───もういいから、 声は聞こえないものの、たしかにそう言われた気がした。 咄嗟に久我に視線を合わせれば、泣きそうな顔でこちらを見つめており、大河から無意識に流れた涙が伝い、久我の頬を濡らす。 『大河、ごめんね』 久我は口を懸命に動かし、聞き取れないほどの掠れた声でそう言った。 「...善弥、諦めんなよ、」 「とらちゃん、大丈夫!?俺変わるから、!」 傷口から溢れた血のせいで意識が朦朧としてくる中、天馬のそんな声が聞こえ大河は安堵する。 天馬はこの状況に助けを呼びに行ってくれたらしく、静かな屋上に遠くでざわざわとした声が聞こえてきた。 「とらちゃんよく頑張ったね。あとは俺に任せて」 天馬はそれだけ言うと屋上から身を乗り出して、血まみれになった久我の手を掴む。 自身の体にかかる重みが軽くなって、張り詰めていた大河の意識はそこでぷつりと途切れた。
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