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「善弥くん、帰ってるよね?兄ちゃん今日いる?」
その声は稜のもので、朦朧としていた大河の意識は一気に浮上する。
久我も思わぬ事態に首を絞めていた力が緩み、大河はここぞとばかりに思い切り肺に酸素を取り込んだ。
「...げほっ、...はぁ..っ、は、」
「チッ...うぜぇな」
久我は大河を冷めた目で一瞥してから、面倒臭そうに腰を上げて扉へと向かった。
扉を開ければ久我のベッドは見えてしまうので、久我は顎でしゃくり大河が部屋の隅に移動したのを確認してから扉を引いた。
「...稜、どうしたの?」
「いや何ってわけじゃないんだけど、兄ちゃんいるならちょっと話したいなって思って」
「大河なら居ないよ。今日はもう帰ってこないんじゃない?」
「え、」
久我はそれだけ言って迷いなく扉を閉める。
廊下に取り残された稜は、目の前の扉をじっと見つめた。
たしかに玄関に大河の靴はあった。先ほど部屋から話し声と咳き込むような音も聞こえた。
久我はいつもと変わらぬ笑みを浮かべていたが、以前の大河から言われた言葉もあり、久我と大河の間に何もないとは到底思えない。
両親に大河のことを聞いても、父親はお前は兄のようにはなるなよと言うだけだし、母親も思春期だから難しいと我関せずに放任している。
「...兄ちゃん、」
一体うちの家の中で何が起きているんだと考えれば考えるほど訳が分からなくて、昔から誰よりも可愛がって守ってくれていた大河の顔がぼんやりと脳裏に浮かぶ。
いつだって兄ちゃんは俺の味方だった。
優しい眼差しで俺のことを引っ張ってくれて、少し心配性が過ぎるくらいに俺のことを見守ってくれていた。
そんな兄ちゃんが俺のことを階段から突き落とすなんてこと、本当にするのか?
稜は未だに確信が持てずとも、絶対に違うはずだと頭の中で考える。
そのためにもまずは大河と話がしたい。
稜は震える手で、もう一度部屋の扉を叩いた。
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