終焉の兆し

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天馬と家に帰れば、見慣れた部屋に安堵するとともに、どっと疲れが押し寄せてくる。 「とらちゃん、お疲れ」 「うん...天馬もさっきありがとな」 「いや全然。俺はもやもやしてたこと皆んなに伝えただけだしさ」 天馬はそう言うとベッドの上に腰を下ろし、ぽんぽんと隣を叩いて大河を呼んだ。 大河もそれに従い、まだ痛む体を労りつつ天馬の横へと腰を落ち着ける。 「とらちゃん、こういう気分が落ち込む時ってどうしたらいいか知ってる?」 「え、...寝るとか?」 「あはは、違う違う。そういう時はね、」 天馬はそう言って笑うと、おもむろに大河の方へと体を寄せた。 そしてそのまま背中に腕を回し、大河のことを優しく抱き締める。 「...っと、天馬...?」 躊躇いがちに名前を呼べば、天馬が肩口で小さく笑うのがわかった。 「びっくりした?」 「...ほんといつもいきなり過ぎてびびる」 「はは、ごめん。でもこうしてると落ち着くっしょ?俺の抱擁って安心するって定評あるし」 「だから誰にだよ、てか自分で掘り返すのか」 天馬に軽口を叩いていれば張り詰めていた気が緩んでいるのがわかって、天馬は本当に俺の救世主だなと思いつつ、大河もその背中に腕を回す。 「天馬、」 「ん?どした」 「俺...今の生活だったり、久我に立ち向かおうと思えたこと、全て天馬のおかげだと思ってる。まだ終結はしてねぇけど、とにかく今まで本当にありがとな」 大河が背中越しにそんなことを伝えれば、天馬は小さく肩を揺らした。 「...なにとらちゃん、まるで俺との関係が終わるみたいな言い方じゃん。俺はいつだってとらちゃんの味方だし、一番近い存在でいたい。それは今までも、これからも変わんねぇよ」 天馬は体を離して、真っ直ぐと大河を見つめてそう伝える。 迷いなどないその言葉に、大河は思わず天馬の肩口に頭を預け溜息を吐いた。 「...はあ、」 「え、何?」 「やっぱ俺、天馬のことすげぇ好きだわ、」 「...ん!?」 自身の言葉にあからさまに動揺する天馬に笑いつつ、大河は背中に回した腕に力を入れて、より深く天馬の体温を感じる。 「ほんっと、落ち着くわ...」 じんわりと伝わる天馬の温度にしみじみとしながら、体を離すことさえ惜しいと感じてしまう自分自身を大河は可笑しく思った。 「嬉しいなあ...。俺いくらでもこうしてあげるから、いつでも言って」 「うん」 「手繋ぐのもだからね」 「うん」 「大好きだよとらちゃん」 「うん...。え?」 大河の驚いたような反応に今度は天馬が笑い、大河はしてやられたなと恥ずかしそうに顔を俯ける。 そんな大河の髪を天馬は優しく撫で上げ、静かに言葉を続けた。 「俺はいつだってとらちゃんの傍にいるから。とらちゃんはもう一人じゃねぇよ」 ───それだけは忘れないで。 天馬は最後にそう言って、ゆっくりとした手つきで大河の顎を掬い、その唇を重ねた。 予期せぬ行動に大河が驚き固まっていれば、天馬は笑いながら謝ってくる。 「...ちょっと調子乗りすぎた感あるかな、」 「いや、...気にしなくていい、」 天馬は少し気まずそうにそんな事を言うので、そんなことは思ってないとすぐに否定する。 「まじ?とらちゃん、また俺の好きを助長させるような言葉を無自覚に...」 「無自覚じゃねぇよ。自覚して言ってる」 「うわ、...ときめいたわ、...」 明日から考えなくてはならないことが多くあるはわかっている。 それでも、こうして天馬と穏やかに過ごせる時間を、大河は大切にしたいと思った。
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