終焉の兆し

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久我が姿を見せないまま、あっという間に昼休みになる。 今日は中村も含めていつもの校舎裏で昼飯を食べていた。 「そろそろ寒くなってきたし、中で食べれるとこ探さなきゃな」 「屋上の階段とことか?」 「...結城さん絶対嫌がるだろ」 天馬の妙な提案に笑いつつ、久我は今日はもう来ないんだろうかと空を仰ぐ。 「...久我のこと気になる?」 「んー、まあ。...変なこと考えてなきゃいいんだけど」 「今日佐伯とも話したけど、あいつやっぱすごい怒ってた。一応馬鹿な真似はするなよって釘刺したけど、あいつはあいつで何しでかすかわかんないから不安...」 中村の言葉に、昨日佐伯に言われた言葉が脳裏に浮かぶ。 ───今まで俺ら騙されてたってことじゃん それを言われてしまえば大河としては何も言い返す事はできない。 ただ実際にそう思われたとしても、その背景には久我という狂気に満ちた男の存在があるわけで、自分のやってきたことが間違っているとも思っていない。 「...何も起きなきゃいいんだけどな」 「ほんとね、もう久我に振り回されんのは懲り懲りだわ」 大河は重苦しい気持ちを抱えつつも、残り僅かになった休み時間を見て、天馬たちと教室へと引き返した。 *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*- 自席につき午後の授業が始まるのを空を眺めながらぼんやりと待っていれば、突如として教室内がざわめく。 嫌な予感がして教室の入り口に視線を向ければ、そこにはいつもより顔色の悪い見知った顔が立っていた。 「...久我、」 大河は無意識に久我の名前を呼び、目を見開いてその光景を見据える。 クラスメイト達も何かを話しかけるわけでもなく、久我が自席へ着くのを遠巻きに窺った。 しかしそんな異様な雰囲気も、佐伯の言葉によってすぐに一変する。 「...よお久我。お前よく学校来れたな。昨日何あったか忘れた?」 「...佐伯、」 「馬鹿やめろって佐伯、」 佐伯の隣にいた友人達はその行動を止めるように声をかけるが、それも無視してなおも佐伯は久我へと話し掛けた。 「お前俺らのことずっと騙してたんだろ。  動画でも言ってたもんな、アホどもの相手でストレス溜まってるって。散々な言いようじゃん?そんな見た目で優等生気取って、裏では悪口に暴力に随分な悪だよなぁ」 「それは、...」 久我はその言葉に反論しようと口を開いて、何も言えずに視線を伏せる。 それを見た佐伯は眉間に皺を寄せ、おさまらない怒りをぶつけるかのように、その胸ぐらを掴み上げた。 「佐伯、やめろって。久我にはこれ以上関わんな」 大河はその光景を黙って見ている事はできず、慌てて駆け寄り、痛む右手でその行動を制止する。 「....中島。何でこんな奴のこと庇うわけ?お前だって散々酷いことされてきたんだろ」 「庇ってるわけじゃない。ただ、無闇に関わんなって話をしてるだけだ」 「意味わかんねーよ」 目の前で行われるそんなやりとりも久我はぼんやりと眺めて、机の上にだらりと垂れていた手をゆっくりと持ち上げた。 次の瞬間には大河の腕を掴み、思わぬ痛みに大河は咄嗟に久我へと視線を向ける。 「...なに、何だよ、」 「大河。やっぱ俺のこと好きなんだね、俺のこと大事なんだ。良かった、嬉しいよ俺...」 そこには穏やかに言葉を並べつつも焦点の定まっていない目で大河を見据える久我がいて、異様な雰囲気に大河は後ずさった。 「...勘違いすんなよ、そうじゃない」 「何が?違くないでしょ、大河には俺が必要。俺にも大河が必要...。こんな学校辞めて、また二人きりで過ごそう?」 「やめ、...」 久我はそう言って立ち上がり、大河に体を寄せてくる。 虚な瞳からは感情が読めず、大河が掴まれた腕を振り払おうとすれば、久我は口元に笑みを浮かべた。 「ねえ、何で逃げようとするの?俺と一緒にいたいんでしょ。ふざけんなよ馬鹿犬...、お前は何でいつもそんなに聞き分けが悪いんだよ。躾?躾が足んねぇのかな?」 大河を前にして久我の雰囲気はがらりと変わり、初めて目の当たりにする久我の裏の顔に、クラスメイトたちは動けずにいた。 「...俺のことしか見れなくしてやるよ、」 久我は大河の耳元でそれだけ囁くと、掴んでいた手を呆気なく離す。 目まぐるしく変わる状況に大河がたじろいでいれば、久我は大河の腹に思い切り蹴りを入れた。 「..っ、」 大河の体はガシャリと大きな音を立てて机にぶつかり、その周辺にいたクラスメイトから悲鳴が上がる。 「...俺の思い通りにならない世界なんていらねぇ。アホどもみんな消えろ、お前らなんて俺にとって何の価値もないゴミ同然の存在だ」 久我はそれだけ言うと机にかけてあった鞄を手に取り、何事もなかったかのように教室を出て行った。 「んー?あれ、今日って久我君お休みじゃなかったっけ?今すれ違ったけど、」 教室内の張り詰めた空気を壊したのは数学の教師で、もう授業始まるから席に着いてと生徒達に声を掛けた。 「ねぇ、あれやばすぎでしょ」 「久我君の本性?優等生だと思ってたけど全然違うじゃん」 「怖いね、あたし今まで全然気づかなかった」 「俺らのことゴミ呼ばわりだぜ、ありえねーだろ」 授業が始まってもこそこそと話される内容が耳に入りながらも、大河は久我が最後に吐き捨てた言葉の意味を考える。 悪い予感しかしない─── 根拠も何もないが、今までの経験から勘がそう訴えかけていて、大河はこれからの久我の動きを読み解こうと必死に頭を働かせた。
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