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休み明けに天馬と登校していれば、ちらほらとキャリーケースやボストンバックを手にした生徒が視界に入り、大河は不思議に思った。
「2年は修学旅行か、いいなあ」
「え、ああ...今日からか」
隣を歩く天馬のそんな呟きが耳に入り、たしかにもうそんな季節かと納得する。
思い返せば中学の修学旅行は悲惨な思い出しかなかない。
当初体調不良を理由に行かない決意をしていたが、そんなことを久我が許すわけはなく、修学旅行先では片時も自身のそばを離れずに見えないところで執拗に構われた。
嫌な思い出ばかりではあったが、それももう終わる。
そう考えれば、今こうして思い返せることに確かな成長を感じた。
「まあ来年は俺らも行けるし、とらちゃんと絶対同じ部屋がいいわ」
「気が早いだろ」
「でもすげぇ楽しみじゃね?俺ら遠出とかもあんましてないしさ」
「...うん、」
天馬がいてくれるなら、俺もすごい楽しみだ。
そう言葉を続けようとして、急に恥ずかしくなりやめた。
「とりあえず今は冬休みにとらちゃんとどこ行くか考えっかな」
「それも気早すぎるだろ」
「はは、なんかとらちゃんといると俺すげぇアクティブになるっぽい」
天馬のそんな言葉を聞いて、自分のためにそんなふうに考えてくれるんだなと嬉しくなる。
ただそれは大河も一緒で、これから天馬とどのように過ごしていこうかと思いを馳せることも少なくなかった。
穏やかな気持ちのまま教室へと足を踏み入れれば、まるで「久我」という存在を忘れ去ったかのような雰囲気が流れている。
あれから意図的にその話題に触れないようにしているクラスメイトも少なくはなく、未だに事あるごとに久我の名前を出しているのは、久我と連んでいた友人グループだけだった。
もしかしたら久我がまた登校してくるかもしれないという懸念があるためか、朝のこの時間は教室全体がどことなく緊張感を帯びている。
大河もそのうちの一人で、チャイムが鳴り教室に入ってくる担任の姿を視界に捉えて、やっと胸を撫で下ろした。
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それから昼休みまでいつも通りに授業は進み、今日も久我は来なさそうだなと大河は空を見上げながらぼんやり考えた。
「とらちゃん、どした?久我のこと気になる?」
「...え、ああ...うん」
「気にし過ぎんのも良くねぇし....つっても気にするなも無理だよな」
天馬は優しい口調でそう言うと、おもむろに腕を広げてくる。
「え、なに」
「そんなときは俺に抱き締められときな」
「...いやでもここ学校」
「どうせ誰も来ないし、少しくらいいいっしょ」
いつもの飄々とした態度で受け答えしていれば、内心したいと思ってしまっている心は揺れ動き、導かれるようにその腕の中へと身を委ねた。
「とらちゃん可愛い、良い子良い子」
「俺のことなんだと思ってんだよ、そんなこと言われる年齢じゃねぇって」
「いいの。俺はとらちゃんのこと愛おしくて仕方ないんだから」
天馬の抱擁は落ち着くと定評があるだけあって、確かに離れたくなくなる。
お互いの体温が服越しに伝わり、このままずっとこうしていたいなと、大河はその首元に頭を預けた。
「はあ、好きだわまじで」
「...いきなりなんだよ」
「いつも思ってることが口に出ただけだから気にしないで」
「...、」
何気ないそんな囁きも大河にとってはときめき以外の何者でもなくて、照れ臭さに思わず唇を噛む。
天馬は何も反応しない大河の髪をぽんぽんと撫で、肩口で小さく笑った。
「とらちゃんは俺に愛されてんのよ。自覚持ってね」
「...追い討ちかけてくんな」
「あはは、それはごめん」
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