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教室に戻れば前の席で友人と昼を食べていた中村が振り返ってくる。
「中島聞いてよー」
「え、何。どした」
「工藤彼女できたんだって。しかも昨日!まじで裏切りだわ」
「ちょ、中村!お前何でもかんでもペラペラ話すなよ」
先程まで中村と話していた工藤は焦ったようにそれを制してから、大河に向けて困った表情で笑みを浮かべる。
「良かったじゃん。おめでと」
「あはは、ありがとう〜」
「しかも超可愛いの!ほら写真見せろよ」
中村に促され工藤はスマホを大河へと渡す。
そこにはたしかに可愛らしい女性が映っていて、仲睦まじそうなツーショット写真に微笑ましい気持ちになる。
「すげぇいい写真。美男美女でお似合いじゃん」
「あーちくしょー。俺も彼女欲しいわ」
そんな和やかなやりとりをしていれば、もうすぐ昼休みも終わる時間になり、大河はふと教室の入り口へと視線を移す。
今日も久我は来ないんだろう。
それに越したことは無いが、いつまでも決着のつかないこの状況に不安を感じているのもたしかだ。
その時教室の扉が静かに開き、大河はまだ準備していなかった英語の教材を机の中から取り出そうと視線を落とす。
しかしその瞬間教室はざわめき、いつもなら席に着けと掛かるはずの教師の声が聞こえない。
「よお、ゴミども」
一瞬の静寂の後、聞こえてきたのはこの場に似つかわしく無い暴言で、大河は体が震えるのを感じた。
「...久我、」
久我は周囲の視線など気にする素振りもなく、自身の席ではなく教壇へと足を向ける。
そのまま大河の方に冷め切った視線を寄越し、静かに口を開いた。
「馬鹿犬、俺と来いよ。今すぐ」
「おい久我、いきなり来たと思えば何だよ。お前の居場所なんてねーんだから帰れよ」
「うるせぇ。ゴミは喋んな」
久我の登場に佐伯が食ってかかるが、それも久我の冷たい一言によって制される。
大河は恐怖で体が動かずにいると、久我は痺れを切らしたように鞄を漁り始めた。
──とてつもなく、嫌な予感がする。
その不安は的中し、久我はおもむろに鞄から包丁を取り出して見せた。
「お前が俺のとこ来ないなら、端からこれで刺してこいつらぶっ殺すけど。いいよね?」
久我はそう言って包丁を口元に持っていき、舌で舐めずる。
目には狂気が滲んでいて、大河は咄嗟に席を立った。
「とらちゃん行かなくていい、!...久我ふざけんなよお前、」
「またお前か天馬。いい加減にしろよ、俺と大河の関係に割り込んでくるとかどんだけ図々しいわけ?お前から最初に殺してやろうか?」
久我はそう言うと天馬の方へと歩き出すので、大河は慌てて久我と天馬の間に体を滑り込ませる。
「...久我っ、一緒に行くから。他の人たちは関係ないだろ、手出すな」
「とらちゃん...、!」
「手こずらせやがって。最初からそう言えよ馬鹿犬」
嬉しそうに細められる目には見覚えがあって、今まで何度も久我に組み敷かれた時に見たものだと悟った。
普通でいたい、好きな人と日々を楽しく過ごしていたい、ただそれだけだったのに。
大河のささやかな願いも虚しく、今の久我を前にしては争うこともできない。
そして、周囲を危険に晒してまで自身の生活を優先するのも、それはそれで違う気がした。
「...来いよ」
「どこに、」
「屋上に決まってんだろ」
久我はそう言って口元に弧を描くと、大河の首元に包丁をあてがい、天馬たちの行動を制する。
「お前ら邪魔すんなよ?こっからは俺と大河の時間だから。じゃあな」
それだけ吐き捨てると久我は、大河を引き摺るように教室を出ていき、そのまま屋上へと続く階段を上がった。
一体、久我は何を考えているのだろうか。
未だに理解できない常軌を逸した思考と行動に、大河は震える体を必死に奮い立たせた。
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