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屋上に続く扉の鍵は久我によって破壊されていて、いつもならここで駄弁っているはずの結城達も今日は修学旅行でいない。
こんな状況になっても久我は用意周到で、その執念深さに恐怖する。
「...久我、どういうつもりだよ」
「は?何が」
「こんな事して、もう戻れないだろ...」
久我が大河に狂気を見せる中、その立ち位置だけはいつだって死守していたはずだ。
それなのにこの思い切った行動に、大河は恐る恐る久我にそう言葉を続ける。
「もう...戻んねぇからいいんだよ。何もかもどうでもいい、茶番は終わりだ」
「どういう意味だ、」
「いいから早く来い」
屋上の扉を抜けて外に出れば、冬の冷たい風が頬を切った。
そんなことすらも感じられないくらい異様なこの状況に、大河は一人震えながらその後をついていく。
「俺考えたんだよね。大河が俺から離れるって言うなら、離れないようにすればいいって。
...なあ馬鹿犬、どうしたらいいかわかる?」
「...は、」
「わかんねぇよな。大河は何度躾けても俺の言うことも聞けない馬鹿犬だもん」
呆然とする大河を他所に、久我はそう言ってにこりと笑った。
「一緒に死のう。そしたら大河は、ずっと俺のものだ。」
久我はそう言って屋上の縁の側まで大河を連れていき、持っていた包丁を振り上げる。
その瞬間、大河の脳裏に過ぎったのは天馬の笑った顔で、とてつもなく泣きたい気持ちになった。
スローモーションのように視界に映る久我の狂気を眺めて、大河の腹部には強烈な痛みが走る。
───久我に、刺された。
そう思った時には、自身の腹部に覚えのある温かみを感じ、大河は膝から崩れ落ちた。
「これから一緒に飛ぶけど、念には念を、ね。お前しぶといし、俺だけ死ぬとか最悪だから」
「...ぐ、ぅ....はぁ、」
「ほらこっち。おいで大河」
蹲る大河の腕を強引に引いて、久我は大河を縁の上に登らせる。
眼下には見慣れたグラウンドが見えて、こんな所で俺は死ぬのかと、大河はぼんやり考えた。
「...久我、」
「どうしたの大河」
「ごめんな、」
「...は?」
もうこの際、仕方がない。
これが自分の運命だったのだ。きっと天馬に出会えたのは、こんな最悪な人生の終わりを迎える俺へのせめてもの労いかなにかだったのだろう。
大河はそう考えて小さく笑い、久我を見据えて静かに口を開いた。
「久我はきっと俺と出会わなければ、..普通に過ごせてたんだよな」
「は、何言って、」
「....俺と出会ったこと、それが久我にとっての人生最大の過ちだ」
久我はその言葉を聞いて、泣きそうな顔で瞳を揺らした。
「そんなこと言わないでよ大河、俺は、」
「せいぜい来世では俺と出会わないようにしてな。
...俺はお前のことは見たくないし、久我も俺のことは見たくない。なぁそうだろ、」
流れ出る血液を必死に抑えながら、最期となりそうな言葉を必死に紡いでいく。
こんな最期なんてあんまりだ。
天馬にはちゃんと好きだと伝えたかった。
考えれば考えるほど、天馬の事ばかりで、大河の頬を涙が伝う。
俺はもっと生きたい。
天馬と、ずっと一緒に過ごしたい。
未練しかないこの人生に、大河は静かに目を閉じた。
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