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「大河、もう行こう。これからは俺とずっと一緒だ。嬉しいでしょ?」
「...、」
───嫌だ。お前となんて行きたくない。
心の中ではたしかにそう叫んでいるのに、言葉にすることすらできない。
腹部から流れ出る血液が、より一層大河のまとまらない思考を助長させた。
眼下に広がる校庭からはパトカーのサイレンのような音も聞こえてくるが、それすら他人事のように思える。
俺はもうこいつと死ぬしかないのか。
死にたくなんてないのに、
どんよりと曇り切った視界の中で何故か嬉しそうに笑う久我だけが異質で、その痛々しい姿を見ていられず大河は咄嗟に目を伏せる。
これで何もかも終わりだ。
こんなにも悪足掻きをしてみたが結局最悪の結末を迎えることになってしまい、大河は自身の無力さに絶望した。
「とらちゃん!」
しかしその時、屋上の扉が勢いよく開かれ、唐突に呼ばれた自身の名前に大河ははっとする。
「....くっそ、またあいつか」
久我は今にも落ちそうな屋上の縁を苛立ったように踏みつけ、肩で息をする天馬を睨み付けた。
「とらちゃん...、おい、何だよその血..っ」
「お前ほんと邪魔だよ。...俺と大河はここで死ぬ。もうこんなつまんねぇ世界とはおさらばだ」
久我の滅茶苦茶な言い分に天馬は目を見開き、久我の隣で腹部を押さえながら虚な目でこちらを見つめる大河を捉える。
「...とらちゃん!...しっかりしろよ、俺とこれからも楽しく過ごすんだろ、ずっと一緒にいてくれんだろ...。俺これから先もとらちゃんとやりたい事いっぱいあんのに、勝手に諦めるとかそんなの絶対許さねぇから、」
「...天馬、」
先程脳裏に過ぎった天馬の笑顔なんて嘘かのように、目の前では苦しそうに顔を歪める天馬が見える。
天馬にそんな顔をさせているのは紛れもなく自分自身で、大河は何を勝手に諦めかけていたんだと、弱気になっていた気持ちを奮い立たせた。
「とらちゃん、俺は絶対諦めない。この先もとらちゃんと笑って過ごすから」
「..っ、」
天馬のその言葉に大河は痛む体を引き摺り、縁を降りようとする。
しかしその行動を目の当たりにした久我がそんなことを許すはずはなかった。
「...大河!行くなよ、俺のこと見捨てないで..」
血塗れの大河の手を掴み、久我は泣きそうな顔で言葉を紡ぐ。
そこにはいつもの高圧的な姿はなく、ただただ弱くて脆い一人の男がいるだけだった。
俺は、何故こんなにも久我に振り回されてきたのだろうか。
ふとそんなことを考えながら、大河は静かに掴まれていた腕を引く。
弱い力で掴まれたそれはいとも簡単に解けて、久我の手はそのまま空を切った。
「久我、ごめん。」
「...は、なに、」
「俺にはまだやり残した事がいっぱいある。大切にしたい人だっている。
...だから、俺はお前とは一緒に行けない。」
強い意思を含んだ口調で、久我の目を見据えてそう伝えれば、久我はあからさまに動揺した。
「そんな、大河...嘘だ、嘘だよね、」
久我も俺から離れて、ちゃんと前を向いて生きて欲しい───
取り乱している様子の久我に、そう言葉を伝えようとした時だった。
久我はおもむろに持っていた包丁を自身の首元に突きつけ、泣きながら口を開いた。
「大河、...好きだ。今までもこれからも、ずっと好きだ。でも俺はもう無理だよ、大河がいない世界なんて生きる価値はない。
...ならもういいよね、楽になっても」
それだけ言うと、久我は躊躇いなく自身の首筋に包丁を突き立てる。
その姿はあまりにも現実離れしており、晴れた空をバックに首から血を流し傾く体が見えて、大河は目を見開いた。
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