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「……何。ていうか、部活は」
視線を手元の鞄に戻して答える。
心臓の音がうるさい気がするけど、無視した。
あいつの声が近づいてくる。つまり、あいつが近づいてくる。
「試験期間でナシ。ぼけてんの? つーか今夜ウチで食ってくんだろお前」
「は?」
思わず顔を上げると、1メートルもない距離に居て口から心臓が飛び出るかと思った。
何、なんでそんなに近いの。
というかそんな話、母さんしてたっけ?
「おばさん夜勤だったろ昨日。俺が朝出るとき帰ってきたから会った」
「あー……」
母さんは看護師だ。
確かに昨夜は夜勤で、明け方に帰ってきた。机の上に手紙が置いてあったような…気がする。だけど読んでいない。
いやちがう、読めていない。
昨夜から今朝にかけて、周りにあまり意識を向けることが出来ていなかった。
あまり眠れなかったしごはんも全然食べられなかった。
今日のお昼も、購買に行ったはいいもののやっぱり何も食べる気がなくてやめた。
友達に心配されたけど、「ダイエット」って答えて笑った。
鞄の紐を持ち直して肩に掛ける。
そうか。今日はこいつの家で夕飯を食べることになっているのか。
昔から時々あったことだから、べつに今更驚くことでもないし断る事でもない。
だけど今日は…食べられるかな。
おばさんの料理、美味しくて好きだけど。
「……ごめん聞いてなかったのかも。でもわかった、行けばいいんだね」
教室から出ようと机から離れると、通り道を作るように少し姿勢を変えて通してくれる。そしてそのまま私の少し後ろをついてきた。
どうしてついてくるかな。
「お前さ、なんかあったの」
ドアをくぐろうとした瞬間、後ろからそう投げかけれた。
つい、足が止まる。
「…何でよ」
「いや別に。ただ何となく?」
「気のせいだよ」
「ならいいけどさ。つーかお前、右、跳ねてんぞ。肩のところ」
「知ってる」
「知ってるなら直せよ。女だろ一応」
「一応だからいい、ほっといて」
指摘された右側の髪先が跳ねてしまっていることには今朝から気付いていた。
いちいち細かいなぁ、と背中越しにでもわかるようにため息を吐いてみせてから、鞄を掛けている左肩とは反対のそこを右手で握りしめて歩きを再開させた。
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