8人が本棚に入れています
本棚に追加
「も」しもーし
テレビを見ながらソファーで寛いでいると、突然スマホの着信音が鳴った。固定電話を置いていない俺は、スマホを手に取る。
着信者名『8808』は母親だ。父親は『7708』。こっちからはかけたことないが。
俺は「ふ~~」と一つ重たい溜め息を吐く。ついでに腕をぐーんと伸ばして欠伸も。はっきり言ってめんどくさかった。
それからようやく通話ボタンを押した。
「もしもーし」
「もしもーしじゃないでしょ!」
待たされたせいか、切れ気味な声で母親が言った。
「じゃあなんて言えばいいんだよ」と俺が突っ込むと、「ガハハハ!」と母親の豪快な笑い声が聴こえてきた。どっかの大王かっ!
昭和生まれの母親は、なぜかいつもいきなり電話をかけてくる。ラインかメールすればいいのに……
「あんた今何してんの?」
そして唐突だ。
「何してんのって……休みだから家にいるけど」
今日は日曜だった。土日休みの仕事をしている俺は、だいたい家にいる。彼女は――“今は”いない。
母親の声が飛んで来る。
「ああ、そう。仕事はちゃんとできてるの?」
「うーん」
「もう~、相変わらず不愛想なんだからぁ」
「……」
悪かったねえ、不愛想な息子で。と俺は心の中で悪態を吐く。
「寝てたの?」
「は、起きてたけど?」
「ほんとに~?」と疑う母親。
「もう昼だし」と言い返す俺。
「じゃあなんでさっきなかなか電話に出なかったのよ? 寝てたからじゃないの~? 日曜だからっていつまでも寝てちゃだめよ」
ああまた説教かよ、濡れ衣だし。俺はこれが嫌いだった。母親ってみんなこうなんだろうか。お節介なことを言いたがる。大人になった俺は適当に受け流したいが、言い返したくなるような言葉を吹っかけてくるのがうちの母親だ。相手にしてほしいのだろう。それがめんどくさい。
「だから起きてたって言ってんじゃん。さっきはテレビ見てたからっ」
ソファに“寝っ転がって”だが……それは言わない。
「ふーーん、ごはんはもう食べたの?」
「これから」
「カップラーメンばっか食べてんじゃないの?」
「もう、なんだよ。そんなこと言うためにいちいち電話してきたのかよ?」
ああ、めんどくさい。かったるくなって俺はソファから身を起こした。通話状態のまま冷蔵庫へ向かい、中から適当に取り出した飲み物をコップに注ぐ。それを飲んでからスマホに向かって
「用がないならもう切るよ」とぶっきらぼうに言い放つ。
「もう~、またそんな言い方してぇ。体壊さないか心配だから言ってんの」
「はいはいはいはい、それはどうも。元気だから大丈夫。じゃあ切るよ」
「もうっ!」
そこで画面をタップして、通話を強制終了させた。
俺だって自炊の一つぐらいするっつーの。トースターでパン焼いたり、目玉焼き焼いたり……
野菜だって野菜ジュース飲んでるから平気だっつーの!
その翌日、母親がたんまりおかずが入ったタッパーを持って家に来た。
冷凍庫はラップに包んだおにぎり。冷蔵庫は肉じゃが他、野菜炒め、煮物などそれぞれ別々に入れたタッパーで埋め尽くされた。
「ウーバー〇ーツみたいでしょ?」
「駄洒落かよ」
意図してなかった母親は一瞬ポカンとしてから
「ガハハハ」と笑う。
母親って便利だな。めんどくさいけど……
そう思う俺だった。
最初のコメントを投稿しよう!