「も」しもーし

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「も」しもーし

 テレビを見ながらソファーで寛いでいると、突然スマホの着信音が鳴った。固定電話を置いていない俺は、スマホを手に取る。  着信者名『8808』は母親だ。父親は『7708』。こっちからはかけたことないが。  俺は「ふ~~」と一つ重たい溜め息を吐く。ついでに腕をぐーんと伸ばして欠伸も。はっきり言ってめんどくさかった。  それからようやく通話ボタンを押した。 「もしもーし」 「もしもーしじゃないでしょ!」  待たされたせいか、切れ気味な声で母親が言った。 「じゃあなんて言えばいいんだよ」と俺が突っ込むと、「ガハハハ!」と母親の豪快な笑い声が聴こえてきた。どっかの大王かっ!     昭和生まれの母親は、なぜかいつもいきなり電話をかけてくる。ラインかメールすればいいのに…… 「あんた今何してんの?」  そして唐突だ。 「何してんのって……休みだから家にいるけど」  今日は日曜だった。土日休みの仕事をしている俺は、だいたい家にいる。彼女は――“今は”いない。  母親の声が飛んで来る。  「ああ、そう。仕事はちゃんとできてるの?」 「うーん」 「もう~、相変わらず不愛想なんだからぁ」 「……」  悪かったねえ、不愛想な息子で。と俺は心の中で悪態を吐く。 「寝てたの?」 「は、起きてたけど?」 「ほんとに~?」と疑う母親。 「もう昼だし」と言い返す俺。 「じゃあなんでさっきなかなか電話に出なかったのよ? 寝てたからじゃないの~? 日曜だからっていつまでも寝てちゃだめよ」  ああまた説教かよ、濡れ衣だし。俺はこれが嫌いだった。母親ってみんなこうなんだろうか。お節介なことを言いたがる。大人になった俺は適当に受け流したいが、言い返したくなるような言葉を吹っかけてくるのがうちの母親だ。相手にしてほしいのだろう。それがめんどくさい。 「だから起きてたって言ってんじゃん。さっきはテレビ見てたからっ」  ソファに“寝っ転がって”だが……それは言わない。 「ふーーん、ごはんはもう食べたの?」 「これから」 「カップラーメンばっか食べてんじゃないの?」 「もう、なんだよ。そんなこと言うためにいちいち電話してきたのかよ?」  ああ、めんどくさい。かったるくなって俺はソファから身を起こした。通話状態のまま冷蔵庫へ向かい、中から適当に取り出した飲み物をコップに注ぐ。それを飲んでからスマホに向かって 「用がないならもう切るよ」とぶっきらぼうに言い放つ。 「もう~、またそんな言い方してぇ。体壊さないか心配だから言ってんの」 「はいはいはいはい、それはどうも。元気だから大丈夫。じゃあ切るよ」 「もうっ!」  そこで画面をタップして、通話を強制終了させた。  俺だって自炊の一つぐらいするっつーの。トースターでパン焼いたり、目玉焼き焼いたり……  野菜だって野菜ジュース飲んでるから平気だっつーの!  その翌日、母親がたんまりおかずが入ったタッパーを持って家に来た。  冷凍庫はラップに包んだおにぎり。冷蔵庫は肉じゃが他、野菜炒め、煮物などそれぞれ別々に入れたタッパーで埋め尽くされた。   「ウーバー〇ーツみたいでしょ?」 「駄洒落かよ」  意図してなかった母親は一瞬ポカンとしてから 「ガハハハ」と笑う。  母親って便利だな。めんどくさいけど……  そう思う俺だった。
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