第4話 お母様を助けて

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第4話 お母様を助けて

 そんなつもりじゃなかったの!  叫んだ声は悲鳴になって喉から迸った。 「いやぁあああ! お母様、お母様ぁ!!」  今日は苦手なマナーもダンスもない日で、お母様と庭を歩く。お腹に卵がいるときは転びやすいから気を付けて。マリエッラ先生はそういったが、同時に散歩が身体や卵にいいと教えてくれた。動かない方が転ばないんじゃないかと尋ねれば、にっこり笑って頭を撫でる。 「賢いですね。自分で考えて、疑問を口に出せるのは良いことですよ」  いつも些細なことでも褒めてくれるマリエッラ先生は大好き。彼女が教えてくれたのは、お母様の状態は「妊婦」と呼ばれること。妊婦は身体を動かさないと血が上手に回らなくて、よくないこと。それからお腹をぶつけたら卵が危ないことだった。  ぶつけたら卵が危ないのは、よく知っている。料理をするマリエッラ先生が、こんこんと机にぶつけたら卵は二つに割れたから。  そして今、同じことが目の前で起きていた。  手を繋いで散歩するのが嬉しくて、お天気も良かったから薔薇の生け垣の手前まで歩く。そこに植えたハーブが、薄紫の花を揺らしていた。 「みて、お母様。あれは良い香りがするのよ」  ハーブを植えるヴェーラを手伝ったときに教えてもらった知識だ。乾燥させて小さな布で包み、ベッドの枕の下に入れる。お風呂に浮かせても良い香りがするって。そう話しているうちに興奮してしまい、走り出した。  早く摘んでお母様にあげたい。  つないだ手を忘れていた。  まだ子供だけど、竜の私は力が強くて……お母様は引っ張られて転んでしまわれたの。お腹を打ったのか、ぎゅっと身体を丸めて動かない。  怖くなった。  卵は平気? お母様に何かあったら……どうしよう。誰か、誰か助けて!! お父様、ヴェーラ! マリエッラ先生!! 誰でもいい、お母様と卵を守って。  泣きながら咆哮を上げる私は、駆け寄った母にしがみついて咳き込む。竜の咆哮は人の喉を傷める。それでもお父様に届いて、お母様が助かるなら……卵が無事ならいい。  どのくらい叫んだのか。 「っ! ステファニー、リサ!」  窓を壊して飛んできた黄金の竜が、するりと人化した。お父様の姿をみたところで、くらりと眩暈がする。お母様のお腹をしっかり抱きしめて、目を閉じた。  ごめんなさい、卵の中の赤ちゃん……ごめんなさい、お母様。  お父様がお母様に声をかける。青ざめたお母様が一言何かを呟き、お腹を撫でた。それから手を伸ばす、私に。  ポロリと涙を流して謝ろうとするが、喉はもう声がでなかった。ヒューと掠れた音に眉尻を下げて、お母様は私の髪を撫でてくれる。いつもと同じ優しい、でも少しだけ冷たい手が額に触れた。 「びっくりしただけよ、リサのせいじゃないわ」 「部屋に戻るぞ」  お父様がお母様を抱き上げ、私はほっとする。これで大丈夫だわ。お父様はいつだってお母様を助けてくれるもの。  マリエッラ先生やアグニ兄様から聞く、お父様とお母様の出会いのお話が好き。ひどい目にあったお母様を救ったお父様だから、今回も助けてくれる。 「クラリーサ姫、無理をしたな。だがちゃんと聞こえたぞ」  偉かった、そう呟いたヴェーラが私を抱き上げる。涙が零れた。安心したのもあるけど、あなたは私の弟分なのよ。私はちゃんと出来るんだから。そんなこと言わないで!  縦に抱っこされて、しゃくりあげて苦しい背中を叩く彼の手の心地よさに、うとうとした。でも寝ちゃダメなの。お母様が心配だから。  足早に戻るお父様の後ろに続くヴェーラは、私を叱らなかった。  すぐにベッドへ寝かされたお母様は、そのまま出産らしい。出産って、卵が出てくるのよね。もしかしてぶつけたせい? 私が引っ張ったせいだわ。  悲鳴も謝罪も出ない口をぱくぱくと動かし、必死でお母様に寄り添う。ベッドの上は乗れないので、ベッドサイドに腰掛けたお父様の膝に抱っこされた。苦しそうな顔で唸るお母様は汗がびっしょりで、首や顔に光る銀髪がくっついている。手を伸ばして拭いてあげたい。  マリエッラ先生は手際よく冷やしたタオルでお母様の汗をぬぐい、声をかけ続ける。お父様の手を握り締めるお母様の手に、そっと上から触れるのが精いっぱいだった。
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