第59話 私、愛する人に嫁ぎます

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 ヴェールを上げるテユ様の指に気付いて、少し膝を曲げて高さを調整しました。顔を覆い隠していたヴェールがふわりと背に流れ、人々は口々に「竜妃様」と叫びました。  興奮と幸せに紅潮した頬にテユ様の手が添えられ、優しく引き寄せられます。口付けられるのだわ。そうわかって、静かに目を閉じました。緑と金が混じった目を伏せると、柔らかな唇が額に、頬に、鼻に触れました。焦らすような彼のキスに何か言おうとした唇が、最後に塞がれます。  重ねてしっかり舌を絡める大人の口付けに、息を乱した私の膝が崩れてしまいました。抱き寄せて人目から隠してくれる彼の腕に甘えます。  口紅が薄く移ったテユ様が嬉しそうに笑う姿に頬が緩みました。紅や化粧が崩れても、きっと彼は私を美しいと言ってくれるのでしょう。彼の笑顔を見ていたら、そう確信できました。  歳を取ってシワが出来ても、銀髪が白髪に変わっても……手足が動かなくなるまで。髪の先からつま先まで――私は愛されています。  愛する人に今日、私は嫁ぐのですね。 「竜妃様万歳! 陛下の御世が永遠に続きますように」 「お幸せに!」 「すごく素敵だわ、私もこういう結婚式がいい」  あちこちから聞こえる民の声に、少し落ち着いて振り返りました。 「……ついにティファがお嫁に行っちゃうんだね」  残念そうに呟いていますが、リオ兄様も祝福の花弁を投げてくれます。最後の茎をテュフォンにぶつけたのは驚きましたけれど……。 「ティファ! ブーケを投げて!」  叫んで手を振るフランカは、未婚女性を集めた集団の前にいました。絶対に掴んで見せると本気で構えています。侯爵令嬢らしからぬ彼女の振る舞いに、なんだかおかしくなってブーケを上に掲げました。 「投げますよ!」 「いつでもいいわ」  くるりと背を向ける私を、不思議そうな人々がフランカと私の間をきょろきょろと眺めています。事情を説明されて、ブーケに目を輝かせるのは未婚女性ばかり。 「えいっ!」  フランカに教わった作法通り、背中をそらせるようにして後ろへ放り投げました。すぐに振り返る私の腰に手を回したテユ様が上を指差します。風の精霊によって青空へ高く舞い上げられたブーケは、美しい弧を描いて――。
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