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第60話 秘密の共有は擽ったくて
青空で弧を描いたピンクのブーケを受け取り、フランカが満面の笑みで花束を掲げます。まるで勝利の鬨の声を上げるように。
誇らしげに幸せそうに笑う親友は、私が立つテーブルの前でくるりと回ってみせました。
「次の花嫁、おめでとう」
「ありがとう。ブーケトスをこの世界で流行らせてみせるわ」
お披露目会は新婚夫婦の幸せな姿を見せつけるイベントだそうです。これはアグニ様の前世の知識だとか。私が知る結婚式は、自国の貴族を呼んで夜会になったと思います。
フランカの細い腰を抱き寄せるリオ兄様は、近づいてくる男性に威嚇しておられますが……婚約者がいる女性に言い寄る不埒な方は、鉱山送りのあの王子くらいですわよ? 私は詳しく聞いておりませんが、なんでも隣国との境にある鉱山が人手不足で、伯父様とクラウディオ殿は自ら志願されたとか。
とても信じられません。
リオ兄様のお話なので、おそらく作り話です。実際のところは、無理やり送り付けたのではないでしょうか。奴隷扱いにして。もしかしたら別の罰を与えて、隠しておられるかも知れません。
お兄様は見かけによらず黒い一面をお持ちですから。今も嫉妬むき出しで、ちょっと大人げないですね。もうすぐお父様の跡を継いで、公爵家当主になられるのですから落ち着いていただきたいわ。
挨拶があるのか、近づいたアグニ様を牽制し始めました。
「僕の婚約者にご用ですか?」
笑顔を浮かべていますが、言葉の端から「フランカに近づこうなんて、いい度胸ですね」と嫌味が飛んでる気がします。リオ兄様の棘のような鋭い視線へ曖昧に微笑み、扇で口元を隠すフランカに話しかけました。なんて勇気のある竜でしょう。
あとで何か悪さをしないよう、お兄様によく言っておかないと危険です。
「ブーケトス――よく知ってたな。『カリン』」
呼びかけた響きに目を見開いたフランカは、すぐに扇を畳んでじっとアグニ様を見つめます。睨んでいると言っても過言ではありません。やがて彼女は溜め息をつきました。
固唾を飲んで様子を窺う私も、ほっと息をつきます。少し苦しいので深呼吸すると、テユ様が「心配ない」とシャンパンを手渡してくださいました。きりっとした辛口が好きだと知る婚約者……改め夫の手渡しのシャンパンで、緊張に乾いた喉を潤します。
あら、美味しい。
竜の方々とリオ兄様は意識や知識を共有しておられるのですから、誤解によるケンカはありませんね。心配しすぎてしまいました。でもフランカは私と同じで共有していないはずです。
長いようで短い時間は終わりをつげ、リオ兄様が不安そうにフランカの表情を窺います。ふっと微笑んだフランカがさらりと口にしたのは、聞いたことのないお名前でした。
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