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最終話 私、とても幸せです
「出てきて、私のお姫様」
微笑みかけて卵を抱き寄せた途端、大量の水がベッドの上に溢れました。膜が割れて中の羊水がシーツに染みていきます。落とさないように抱き締めた私の腕で、子竜は大きく息を吸いました。
「ぴぎゃぁああああ!」
立派な鳴き声です。母を呼ぶ竜の声と同じ響きよ、マリエッラ様が教えてくださいました。ぎゅっと胸に指を食い込ませる子竜の必死な姿に、自然と口元が緩みます。
だって、可愛いわ。この子が私とテユ様のお姫様なのね。
「可愛い……普通にお乳飲ませていいのかしら?」
「構いませんわ」
夫であるため、テユ様の臨席は許されるそうです。シーツが吸収しきれず流れた羊水に膝を濡らしながら、テユ様はじっと我が子から目を離しませんでした。
溺愛の片鱗が垣間見えます。あなたは愛されて生まれ、愛されて育つのですよ。
初めての授乳に、クラリーサが大きな目を瞬かせます。もう見えているのでしょうか。目の前で銀の髪が揺れると、金の瞳が追いかけました。なんて愛らしいのかしら。
「あの子達が生まれた時とは感動が違うけれど、やっぱり出産はいいわ」
伯母様が感動した様子で両手を組んで覗き込んだ時、ノックと同時に扉が開く気配がしました。待ちきれないのだと思いますが、今はまずいですわ。
「生まれましたか? ティファ、僕にも赤ちゃんを見せて欲しい……っ」
鳴き声に誘われたリオ兄様とお父様が部屋に入ろうとしたが、素早く立ち上がった夫に阻止されました。外へ追い出しながら後ろ手にドアを閉め、言い聞かせています。
「ステファニーは授乳中だ」
それ以上の説明は必要なく、察しのいい2人は明るい声で応じました。
「わかりました。少しして出直します」
「今日中には孫の顔を見たいものですな」
返事をする前に、テユ様だけ戻ってこられました。いくら妻の兄と父であっても、妻の裸体を見せるわけにいかない。ぶつぶつと文句を言いながら、扉に開閉を禁ずる魔法をかけています。少し厳重過ぎますが、助かりました。
授乳は母性の行いですが、やはり夫以外の異性に裸の胸を見せるのは抵抗があります。
お腹いっぱいになったのでしょうか。子竜クラリーサは、いつのまにか満足そうに目を閉じていました。そのまま眠りそうなので、テユ様も初抱っこは諦めて見守ることにしました。動かすと起きちゃいそう。ベッドサイドの椅子に腰掛けたテユ様にこっそり囁きます。
「私、卵を産むなんて想像もしておりませんでしたわ」
「すまない、嫌だったか? 人間は人の形をした赤子を産むものだ。もしかして嫌な思いをしたのでは?」
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