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第1話 叱られちゃったわ
穏やかな風が心地よい昼下がり。屋敷前に整えられた芝の空間は不自然に広い。屋敷の大きさと見合わない広さだが、中央に噴水や花壇も作らなかった。縁を彩る花壇は美しい花弁を揺らし、芝も手入れが行き届いている。ここは竜が舞い降りる大切な場所なのよ。
大きな翼を広げて空を舞う竜達が、人の姿になるための場所だけど……本当はこんな大きなスペースは要らない。まだ降りるのが下手な私のために広さが確保されたのよ。
作った頃はロータリーで真ん中に花壇と噴水があったと聞いたわ。でも私が飛ぶようになって壊したから、危険がないように平らな芝の広場に変更されたの。降りやすくて助かるけど、いつか上手になって噴水を戻してもらうのが今の目標かしら。
その広場の中央より左、テーブルセットがあるテラス寄りで、私は叱られていた。
「屋敷の上を飛んだらダメよ、と言ったでしょう?」
困った子ね。そう叱る母の前で、黄金の竜姿の私は大人しく羽を畳む。反論せず、素直に反省の態度を見せれば、お母様は白い手を伸ばした。
銀髪がさらりと風に揺れる。昔は結うことが義務付けられてたんですって。窮屈な決め事を、お父様とお母様がなくしたから、今は自由に髪型を楽しむようになった。
私は結って着飾ったお母様も好きだけど、柔らかくて真っすぐな銀の髪を流してるお母様も好き。
今朝は上半分を編みこんで残りを流したお母様は、ふんわりとしたロングスカートとブラウス姿。身体を締め付けるコルセットもせず、寛いだ姿だった。お腹が大きいから、締め付けるのはダメよね。
夜会の時にコルセットを締める姿を見たけれど、あれは酷いわ。だって侍女のリータは全力で汗かきながら紐を引っ張ってたのよ。あんなに締めたら、骨が折れるか、中身が出ちゃうわ。
いまより子供だったからびっくりして泣いちゃったけど、抱き締めたお母様が「昔は当たり前だったの」と仰ったので、余計に驚いたわ。アデライダ大伯母様も、カサンドラ様やリアンドラ様も、みんな同じなの? フランシスカ伯母様もあんな苦しいことしてたなんて。
お母様も夜会のドレスを着るとき以外はしないけれど……日常であんなに身体を締め付けたら、苦しくてご飯が食べられないじゃない。
「聞いているの? リサ」
ごめんなさい。違うこと考えてたわ。
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