【こどものおはなし】

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 そもそも――。今のビアンカの問いに主語が無いことに気が付いた。  ビアンカは時々そうだった。会話の中で何に主体があるのか分からない時があるのだ。そして、今の問題発言も主語が欠けている。  無知を装った()()()なんていう美味しい展開ではなく、ただただ純粋に何らかの知識教授を期待しての、主題が欠落した質問なのだろう。  それらに思い至った途端、ヒロはふっと嘆息(たんそく)した。 「……あのさ、ビアンカ。まず何があっての質問か、話をしてもらっていいかな?」  諭すような声音で質疑の意図を問えば、ビアンカはやましい色を一切宿さぬ表情で(こうべ)を縦に振るい、事の始まりを綴るべく口を開き――。 「前にね。首都ユズリハの城下で仲良くなった小さな子が言っていたのよ。――『お父さんを怒らせたら、拾ってきた海に返すぞって脅かされた』って」 「ああ。それって群島(もん)が子供に使う脅し文句だね」 「え。脅し文句……、なの?」 「あはは。脅し文句っていうか、親が子供に使う躾の常套句っていうのかなあ。まあ、脅しには変わりないんだけど、それが何でさっきの質問に繋がるの?」 「前にヒロから『海は全ての生命(いのち)の母であり、全ての命を生み出したものだ』っていう話を聞いたでしょう。もしかして、群島には群島なりの『赤ちゃんが何処から来るのか』っていう、子供にする話があるのかしらって思ったのよ」  なるほど、腑に落ちた。「すとん」という音が聴こえるのではというほど、綺麗に腑に落ちた――。と心の中で大きく頷いた。  なんてことはない。ビアンカの疑は、ヒロの故郷であるオヴェリア群島連邦共和国の逸話を問うた、実に他愛無いものだ。  さような何気ない問い掛けは、主語を無くすだけで聞き手に混乱を来すというのも分かった。  今後、このようなことが少しでも無くなるよう、ビアンカには主語を使った話題の口火切りをするよう諫めなくては、などとも思う。
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