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「『海は全ての命を生み出した母なるもの』って群島では古くから信じられている。――『母なる海に結婚をした男女が祈ると、海はお祝いとして赤ん坊を贈ってくれる。それがお前であって、母なる海のおかげで自分たちは家族になれたんだ』って小さな子供たちに海の偉大さと寛大さを教えるんだよ」
だから、自分は海から両親の下にやってきた“海の落とし子”だって信じ込んでいる子供が多いんだ――。
ヒロは懐かしいものを思い出すかのような声音で多弁に綴っていく。
そうして、その逸話が巡り巡って躾の話に繋がり、『親の言うことを聞かない悪い子供は母なる海に返す』という、半ば脅しの常套句が生まれたそうだ。
大抵は父親が子供を叱る際に使われるものだが、威勢の良い海の男たちの声量では意外と恐怖心を煽る効果が狙える、とのことだった。
「へえ。それじゃあ、ヒロもお父様に叱られて言われたりしたの?」
「あは。僕はねえ、海賊の方の父さんに大目玉を喰らって、船から海に放り投げられたことがあるよ。揶揄なんかじゃなくて、本気で海に返されたって感じ」
「えええ……、随分と過激な躾をするお父様だったのね……」
「うーん。海賊あるある、じゃないかな。海賊連中は気性が荒いから、喧嘩で乱闘をした罰として、喧嘩した連中が揃って海に放り出されるなんて日常茶飯事だったし。謂わば喧嘩両成敗ってね」
ヒロは養父である海賊の頭目に拾われ、海賊衆の中で育った。曰く『郷に入っては郷に従う』で、気性の荒い海の男たちに囲まれる環境下で成長していくにつれ、ヒロ自身も頭に血が上りやすく喧嘩っ早い裏の性格を持つに至った。
――実際のところ、ヒロにも海の男の素質が大いにあったため、出るべくして出た性格なのだろうとビアンカの脳裡を掠めるが、そこは指摘するのは控えてみた。
「でも、ヒロが海賊だった頃って、二桁に入ったくらいの歳だったんじゃない? 十歳そこそこの年齢で大人相手に殴り合いをして、それで躾ってことで海に落とされたりしたの?」
ふと思い立った素朴な疑問。それをビアンカが指摘すれば、ヒロの頬が僅かに引き攣ったのが見て取れた。
「う……。じ、実は今の見た目の歳――。現役十八歳までガッツリ頭目に躾られていました……」
諍いは拳で語って勝敗決するのが海賊衆の常套手段。そうした考え方に染まっていた頃のヒロは――現在も信条ではあるのだが――喧嘩騒ぎを起こす度、海賊の頭目に『海に返っちまえっ!』と船から投げ出されていたという。因みに正しくは「喧嘩をした罰」ではなく、「船の壁や備品を破壊した罰」だったらしい。
それらはヒロの幼少時だけな話ではなく、大人である今の見目になってからも続いていたそうだ。
そんな話をヒロがぼそぼそと続けていけば、ビアンカは可笑しそうに喉を鳴らした。
「ふふふ、いやねえ。いい歳して怒られても止めないなんて悪い子だわ。身体ばっかり大きくて、いつまで経っても小さな子供みたいなのね。――でも、それがヒロらしいと言えばヒロらしいのかしら?」
笑壷を刺激されるまま、思ったことを口に出してしまった。だけども、ふと気が付けばヒロの苦々しいとも取れる表情が目に映った。
揶揄う言い方で気を悪くさせてしまったか、とビアンカが焦りから笑うのを止めたのも束の間――。
「そういう言い方して笑うなら、僕が子供じゃなくて大人で――。しかも大人の男なんだってのを証明してあげちゃおうかな」
「え? ――って、なになに。なんなのっ?!」
何を言っているのだと思った矢先に翡翠の視界は反転し、思い掛けないほど近くに黒と碧の色彩が映るのだった。
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