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名残惜しいけれどヒロの腕から抜け出し、髪と寝崩れた寝間着を軽く整える。昨夜は何も無かったけど残念がっていないんだからね――なんて、私は誰に言い訳しているのやらと思いつつ、遮光幕で覆われた窓へと足を運ぶ。
素足に底冷えを感じながら隙間から光を洩らす遮光幕に手をかけ、一気に開ければ朝の眩い陽射しに自然と瞳が細まった。
ああ、今日もいい天気だわ。群島は嵐で急に荒れることもあるけど、基本的に晴天に恵まれることが多い。
翡翠色と紺碧色の濃淡を彩る海原の満天は、吸い込まれるような空色と白い雲で爽やかに飾られる。この天気なら日中の日向は暖かそう。
「うう……眩しい……」
窓の外を眺めていたら、不服を含んだ声が聞こえた。
声の出所に目を向けると、ヒロが布団の中で蠢いている。遮光幕を開けたから眩しさで目が覚めたみたい。
「ヒロ、おはよう。今日もよく晴れていて気持ちが良さそうよ」
「んー……、うん……」
「そろそろ起きないと。今日はルシアさんが来るんでしょう?」
「うん……、あと、ちょっと……」
「ねえ。朝ご飯を食べる時間が無くなっちゃうわよ」
「…………すぅ……」
起きる気を感じさせない返事の代わりに来たのは寝息だった。また寝落ちたわね。
その様子に溜息をつき、窓に手をかけて開け放った。
冷えた潮風が頬と首筋を撫でていって少し肌寒い。
そしてヒロの眠るベッドへ足を運び――。
「早く起きて支度をしないと遅れちゃうわよ!」
「ああああああああっ! 寒いいいいぃぃっ!!」
ふっくらとした羽毛布団の蓑虫――ヒロから掛布団を勢いよく引っぺがすと、間髪入れずに大きな声が止宿部屋に響いた。
窓を開けたから、きっと往来を行き交う人たちにも聴こえたと思う。ここが二階のお部屋で覗き込まれたりしないからよかったわ。
「ひ、酷いよっ! 布団返してっ!」
「ダメよ。あなた、寝なおしちゃうでしょう?」
「寒いんだってばーっ! なんで窓まで開けてるの!? 凍え死んじゃうじゃんっ!!」
「凍え死ぬとか大げさだし、なかなか起きないんだもの。こうすれば目も覚めるでしょ――っていうか、目が覚めたみたいじゃない」
寒がりなヒロのことなので、窓を開けて外気を入れて布団を剥がせば飛び起きるだろう。そう考えての作戦だったけど、どうやら大正解みたいね。
肘で上体を支え起こして超絶不服を顔で言い表すヒロを見て、頬と口角が上がった。悪戯が成功した時と同じ満足感と高揚感だったりする。
私が愉快さを隠さずにいるとヒロは不満げにますます顔を顰めていく。そして溜息を一つ吐いた。
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