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「それならば、君に贈った代物は、私が預かり持っておくというのはどうだろうか? 旅の邪魔になって堪らないというなら私に預け、旅の最中に懐かしさに浸りたくなったなら、私の元に来ればいいだろう?」
それは解決策になっていない気もするのだが――。そう思い閉口するハルを目にし、シャロの眼差しは穏やか。「いい提案だろう」との自信を物語っている気すらしてくる始末だ。
これは何が何でも誕生日の贈り物と称し、形に残る物品をハルへ贈呈したいと考えているようだった。非妥協的な雰囲気は退く気が一切なく、延々とした押し問答をするだろうと悟らせた。
ならば乗っておこうか――。諦観とは違う気まぐれ心に、ハルはくっと喉を鳴らしていた。
「そうしたら――、あんたの元に行く口実になるように。俺とあんたの専用で、この海戦ゲームの一式でもそろえてもらおうか」
先ほどから二人で勤しんでいるチェスゲームに似た、群島諸国独特な船の海戦を模したボードゲーム一式は、同盟軍の軍師ミコトからの借り物だ。
ふとしたきっかけでこのボードゲームの存在を知ったハルはこれを気に入り、同盟軍の中で最も気質の合うシャロと愉しむことが多い。
ミコトも軍師の職務で多忙な男であり、度々とボードゲーム一式を借りに行くのも、かといって安くはない代物を借りっぱなしにするのも気が引けると感じていたところだった。
なので、これを機に自分たち専用の物を作ってもらうのも悪くはない気がした。
「ほう。いいね、それ。そうしたら、レンに頼んでタイガ商会に特注してもらおう」
「おいおい。俺は既製品で一向に構わないぞ」
シャロが口にしたレンとは、シャロの幼馴染であり、群島諸国で名を馳せる屈指の商業組合、“タイガ商会”当主の非嫡出子の名だ。妾の子でありながら本来の嫡子を蹴落とし、次期当主の地位を約束された頭の切れる男である。――因みに、タイガ商会の名の下に同盟軍に大隊艦軍を派遣し、武器の類を破格で提供する気前の良さも存在した。
そのレンに依頼した特注品となってしまうと、気が引けるような代物が出来上がりそうな予感がしてならない。
「私も使わせてもらえるとなれば、余計に下手なものは渡したくないからね。――そうだね。駒の面々を同盟軍の者たちに似せて、弓手の一つは君に似せて作らせよう。私は剣手にしてもらって――ああ、軍主殿も剣手だねえ。そうすると、マギカやルシア殿とルシト殿は魔法手で……」
「いや、それだと使いづらいから勘弁してくれ。誰への贈り物なんだ、まったく……」
嬉々として話を継ぐシャロの言を遮り、ハルは溜息を吐く。
だが、それは決して気を悪くしたものでは無く、その面持ちは微かに悦びの色を宿したものだった。
戦禍の最中にあり、反して穏やかに過ぎた日の出来事である――。
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