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花冠の少女はポッキーの箱を開け、中袋から細長い棒状の菓子を一本取り出す。すると、それを手にして席を立ち、イリエの元へ歩み寄っていく。
何をするのか推し量れずにイリエが見守っていれば、花冠の少女はイリエの腰掛ける席の脇に立ち、口元ににっこりと笑みを浮かした。
「ちょっと立ってもらっていいかしら?」
「む? 何をする気だ?」
「これの正しい食べ方を教えてあげる。――さあ。立って立って」
食べるのに礼儀作法がある菓子なのかと疑問は尽きぬまま、騙されているのではと感じつつ、促しに従って腰を上げる。
イリエと花冠の少女の身長差は三十センチほど。向かい合わせになり、完全にイリエが見下ろす形になった花冠の少女は、別段と何か企んでいる気配も無い。
悪だくみを懸念はしたものの気のせいだったか――、と。そんなことをイリエが思っているとは露知らず、花冠の少女は満足げだ。
「ふっふっふ。このポッキーっていうお菓子はね、こう食べるのが正しいのよ……っ!」
きっと花冠の花々で隠れた表情は得意げな――、ドヤ顔を決めている勢いで言うや否や、花冠の少女は手にするポッキーの、チョコレートに覆われていない方を薄桃色の唇に咥えた。
と思えば、ポッキーを口にしたまま、器用に「はい、どうぞ」などと促してくる始末。
これには流石のイリエも怯んでいた。まさかそう来るとは夢にも思っていなかった。
見下ろしている花冠の少女が軽く咥えるポッキーが、薄桃色の下唇に押されて僅かに上を向く。
身長差のせいで顔同士が遠く、距離を詰めようとつま先で立ち上がっていてバランスが悪いのだろう。いつの間にか花冠の少女の両手はイリエの襯衣を掴んでいる。
この状態ではイリエが身を屈めない限り、花冠の少女が咥えたポッキーを口にするのは不可能だが――。状況がイリエには不可解すぎ、軽い眩暈を覚えた。
これは言うなれば、キス待ちに近い状況。花冠の少女は愛を伝えに来た――イリエお得意の勘違いと早とちりである――と公言したが、据え膳として手を付けていいものか。
花冠の少女は趣味的に守備範囲内である。しかしながら、好みな範囲の中でも幼すぎる部類だ。
もしかすると、多感な若い娘にしばしば見られる『悪い男への憧れ』かもしれない。好意を寄せられるのは喜ばしいが、純朴な少女の一時の気の迷いな可能性もある。
だがしかし、拒絶して恥をかかせるのも気が引ける上に、手を出さぬのは男が廃るというもの――。
一線ズレた脳内ひとり会議を悶々としていたイリエだったが、彼が微動だにしないことに痺れを切らしたのか、花冠の少女は「んー」と声を漏らし、襯衣を握る手に力を込めて催促してくる。
すると――、勝色の瞳は意思を固めた雰囲気を宿し、華奢な両肩に手をかけた。
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