【いつか聞いた素敵な行事を】

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 ぐっと花冠の少女の肩が押され、イリエの身から離される――。  そうした態度を受け、花冠の少女はポッキーを咥えたまま、きょとんとした様相を呈した。  呆気に取られてイリエを見上げれば、どことなく眉を顰めた様子。  なにか不快にさせてしまっただろうか。そんな風に花冠の少女が感じていると、イリエは顰めていた表情を崩し、ふっと一笑を洩らした。 「大人を揶揄(からか)うのは感心しない。一時の気の迷いは後悔するし、いつか痛い目に遭うぞ」  イリエは諭す声音で言いながら、花冠の少女の唇からポッキーを取り上げる。と思えば、(おもむろ)にそれを口にしていた。 「別に揶揄(からか)ったつもりはないのよ。ああいう風に食べさせあうのが正しいお菓子みたいだし、私が初めてポッキーを食べた時もそうだったもの」  花冠の少女としては、イリエを(あざけ)るつもりなど微塵も無い。ポッキーは二人一組で両端から食べ合うのが正しいと、純粋に思ってのことだった。 ――勿論(もちろん)この認識は大きな間違えなのだが、花冠の少女はその事実を知らない。遥か以前に“ポッキーゲーム”なる条件を某所で出された故の誤解であった。  そうした弁解をぶつぶつと口にして気が付けば、ポッキーを咀嚼していたイリエの顔が再び顰められていて、花冠の少女は首を傾いだ。 「いや。随分と甘いと思ってな」  どうしたのだと言いたげに見上げられ、渋顔の言い訳が口をつく。  決して不味かったわけではない――のだが、思っていたチョコレートの味よりも甘味が強かったのだ。 「あなたって、もしかして甘いの嫌い? この前も菴羅(あんら)のお菓子を食べた時、冴えない顔をしていたわよね?」 「煙草吸いと酒飲みは辛党だというだろう。俺も似たようなもので甘い物は滅多に食わん」  そこまで言うとイリエは言葉を切った。そして、僅かな間を空けて「ただ……」と溢す。 「偶には甘味(かんみ)も悪くはないな。残りも有難く受け取っておこう」  実のところ、甘い物は苦手だった。だけれども、それを言うのは(はばか)られたし、偶にならば悪くないと思ったのは本当だ。 「あは。なら良かったわ。――こっちの紙袋にもね、チョコレートのお菓子が色々入っているの。“イリエ衆(みんな)”で分けて食べてね」 「ああ、気を遣わせてすまないな。子分ども(あいつら)も花冠のレディからの差し入れだと聞けば喜ぶだろう」  イリエの快い返答に、花冠の少女は嬉しそうに笑う。  そんな無邪気さを勝色の瞳は映し、「些か幼いが、恋慕で追われるのも悪くはないな」と、事実からズレた考えを巡らせるのだった。
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