【それは、甘いお返し】

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「俺の連れになにか用か?」  ビアンカが文句を発しようとした瞬間――、切り出しに被せて投げ掛けられた低い男の声。それに反応した視線の先に佇むのは、ひとりの背の高い青年だった。  緩く(うね)のある短い黒髪、海の底を思わせる深く青い瞳。  腰に携えるのは剣身が短く太めなカトラス。着込む衣服はオヴェリア群島連邦共和国の海の男――、海賊を思わせるには平易(へいい)なもの。  それらを視止めた瞬間、旅人風の男ふたりはギョッとした様相を浮かした。 「もう一度聞くが、俺の連れになにか用か? その娘が何かお前たちに粗相でもしたか?」  どこか威圧感を与える声音で言われれば、動揺を窺わせた男たちは増々怯む様を見せていく。と思えば、不意にコソコソと耳打ちをしあった。 「おい。黒髪に青い目の男って……、噂に聞いた……」 「あ、ああ。この国の英雄のことだよな。この子の知り合いみたいだけど」 「海賊っぽい格好だし……、“オヴェリアの英雄”とかいう海軍の大将で間違いなさそうだよな。これって喧嘩売って勝ち目って……」 「……無いな。――よし、諦めよう」  なんとも(いさぎよ)い諦めのやり取りが(はた)にいるビアンカの耳に届いた。  その内容に首を傾げるものの、物言う気になれずに黙していたが、何やら諸々と勘違いがあるようだった。  男たちが話頭に挙げた、かつビアンカの知る“オヴェリアの英雄”は、黒髪に青い目――紺碧色の瞳をした青年だ。だけれども、突如現れた背の高い青年は黒髪に勝色と呼ばれる深く青い瞳の持ち主である。  “オヴェリアの英雄”の二つ名を持つ青年の名はヒロ・オヴェリア。そして、目の前にいる青年の名はイリエ・ブラバー。似ても似つかない二人だ。  そんな風に思考を巡らせ、「全然違うじゃないの」などと小声で悪態ついてしまう。  だけれども、“オヴェリアの英雄”の実態を知らない者からしたら、『黒髪に青い目の男』の情報から勘違いしても無理はない。 「それで? なにか用向きがあるのなら俺が代わりに聞くが?」  冷然と低い声で再度問われる。すると、ビアンカに絡んでいた男たちは引き攣った作り笑いを浮かべ、気まずげに口を開いた。 「い、いや。俺たち土地勘が無くて、何処を周れば良いのか分からなくて。偶々居合わせたこの子にオススメな場所を聞いていただけなんだ、本当だぞ。下心なんか微塵もないからさ。こ、こここ、これも本当だぞ」 「そうそうそうそう! なんか観光協会があるって話だし、この子に案内してもらわなくても大丈夫になったから!!」  余計なことも含めて早口に巻くし立て、男ふたりはへらへらと媚びへつらって言う。かと思えば瞬時に(きびす)を返し、足早にその場を後にしていくのだった。
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