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「へくしゅんっ!! ――ぶえっくしょいっっっ!!!」
静かだった止宿部屋で、盛大なクシャミが連発で響き渡った――。
首を落として本を読んでいた青年は、蘇比色の髪と同色の眉を寄せた渋面を浮かし、赭色の瞳で一点を睨め付ける。
睨みたくなるのも無理はないだろう。なにせ手で口元を押さえることも無く、遠慮というものも一切無い、正に『噴出』といえる状態だったのだから。
咎めるような眼差しを受けた当の本人――、アユーシは長く伸ばした畝が強い赤毛の髪を掻き上げ、琥珀色の瞳に気だるげな様相を湛えて鼻を啜る。「ずびっ」と水っぽい音が今度は部屋に響いた。
「……汚えな。もう少し上品に可愛らしくクシャミくらいできないのか?」
「んあー、ユキちゃんに向けてクシャミしたワケでなし。こーいうのって『出物腫れ物ところ選ばず』っていうん? 『覆水盆に返らず』だっけ? 出ちゃったら戻しようないし、しゃーなししゃーなし」
咎めた方が可笑しいのだというかのよう、悪びれなくからからと笑われる。
そうした口答えをされ、青年――ユキは大きく嘆声していた。相手にするだけ大いに無駄と如実に語る溜息だ。
「……女としての自覚を持てっての」
「そーいう男だから女だからって、みみっちい思い込みはダメだってーの」
アユーシは整った顔立ちの美形で、すらりとした長身でスタイルも良く、所作諸々で色気が無いわけでもない。にも関わらず、性格に難がありすぎ、女性としての魅力を感じにくい。『性別・女性』というより『性別・アユーシ』の表現がシックリ来る妙味さだと思う。
そんなことを内心で吐露しつつユキが小声でぼやいた言は、耳聡くアユーシに聞きつけられたようだ。途端に「ふんす!」と聴こえそうなほど鼻を膨らませ大げさに胸を反り、アユーシは鼻息荒く苦言を呈した。
「女の子だからお淑やかにせんといかん、女の子は蝶よ花よと可愛くあれ麗しくあれ。それってある種の差別じゃん、女に理想を押し付けた男尊女卑じゃん、ヒロちゃんみたいな思想じゃん。――って、ヒロちゃん……、ヒロちゃんか……」
饒舌に喋り始めたアユーシは不意と言葉尻を窄め、「んんん」と喉を鳴らして熟考を窺わせた。
ヒロへ流れ弾が行ったと思った矢先、突として言葉を止められたのが気にかかった。『姫神子』などと呼ばれる立場にいたため、神託・啓示や虫の知らせというのだろうか、アユーシの直感的な思念はよく当たる。
本へ再度落ちていた赭色の視線をアユーシに向ければ、眉間に皺を寄せて難しい顔をした琥珀色の瞳の主と目が合った。
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