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「クシャミ一回は悪口、二回は笑い話、だっけか?」
真剣みを帯びた表情で問われた。何を考えているのかと思えば――、とユキは脱力してしまう。まあ、悪い予感でないのならそれはそれで良いし、アユーシが言わんとするものも察した。
「『一誹り、二笑い、三惚れ、四風邪』だな。――ヒロがお前の笑い話でもしてるんじゃねえの?」
「あはー、やっぱりそう思う? あんなことあった後だし、アユーシおねーさん的にヒロちゃんが笑って過ごしてくれてるっつーんなら、例え笑い話で話題にされてても善き善きだけどねえ?」
アユーシ曰くの『あんなこと』とは、“ニライ・カナイ”のある海域への船旅のことだ。――アユーシとユキは知人であるヒロと期せぬ再会を、そしてビアンカと邂逅を果たすに至った。
そして、波乱万丈といっても過言ではない、かの船旅から早半年以上の月日が経っている。
「そうだな。ソレイ港で別れた後にどうしたかは分からないが、あの調子なら元気に生きてるだろうよ」
どこか懐かしむような声音でユキが言えば、アユーシは琥珀色の瞳を優しげに緩める。と思えばすぐににんまりと笑顔を見せた。
「あの後、ビアンカちゃんに猛アタックかまして一緒にいるんじゃないかなーって、おねーさん思ってるんよねえ。ヒロちゃんってば、めっちゃ分かりやすかったし」
「ああ、そうかもな。そして今頃クシャミでもしてるだろ――ちゅんっ! くしゅっ! へっくちゅ!!」
唐突なユキのクシャミ連発が話を遮った。しっかりと口元を手で押さえた控えめなクシャミは、アユーシの口端から笑声を溢させる。
「ユキちゃん、クシャミが乙女。――ってか、それより三回! 三回っ!! 『三惚れ』案件じゃんっ!!」
可笑しそうにへにゃりと笑顔を浮かしていたアユーシだったが、次には嬉々として声を張った。先ほどのクシャミにまつわる迷信、『三回クシャミが出ると惚れ話をされている』の件だ。
「きっと噂してる主はヒロちゃんさね。さっすがヒロちゃんとチューした仲!」
「ふざけんな、オマエ! 気色悪いこと思い出させんなよ! 鳥肌立っただろっ!!」
「ふひひ、『火のない所に煙は立たぬ』ってか。ポッキーゲームの抗えぬ空気から始まる友情も性別の壁すらも超えた恋物語……、アリ寄りのアリじゃね?」
「無しに全振りした無しだ! いい加減に気持ち悪い想像は止めんかい!!」
「別に男が男とってのも罪じゃないんよ。アユーシおねーさんは偏見とかそーいうの一切無いんで――」
男であるユキにとって、悪趣味とも思える思想の垂れ流し。それに本気の寒気から腕を粟立てているのに対し、アユーシは面白おかしく捲し立てていく。
制止を口にしてもアユーシの熱弁は止まらず、そのよく動く唇を掴んで引っこ抜いてやろうか、とか不穏な考えがユキの頭を過るものの――、そこはグッと胸の前で拳を握ることで抑えた。
「おおお?! ユキちゃん、そのお手てグーは止めようか。女の子に暴力はいかんよ?!」
「おう。男だから女だからっていう、みみっちい考え方はダメなんだったよな。さすがに唇引っこ抜くのは喋りづらくなって不便だろうから、頭にゲンコツで我慢しておいてやるよ」
「あわわわ、あかんって! 暴力はんたーーーーいっ!!」
お互いに反射的に椅子を蹴る勢いで立ち上がり、次いでバタバタとした追いかけっこ音。と思ったところ、間を置かずしてアユーシの悲鳴とげんこつの音が響くのだった。
因みに同時刻頃――。ヒロとビアンカが異世界からの来訪者を連れて海遊びに興じ、アユーシとユキの話題をしていたのを二人は知る由が無かった。
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