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黒髪に櫛を通される。腰まで真っ直ぐに伸びた髪は引っ掛かりもなく、難なく櫛先を受け入れていく。
頭を撫でられるような感覚が好き、櫛と髪が擦れ合う微かな音が好き。特に母に髪をいじってもらうのが大好きで、ついついやってほしいと甘えてしまう。
母の髪は、わたしの憧れだ。儚く朧げな印象を与える色、優しく穏やかな気持ちになる手触り。亜麻色と呼ばれる薄い色彩と柔らかな触り心地な髪。
女性らしくて可愛らしくて綺麗で、潮風に羽のように揺れる長い髪が羨ましかった。こんな髪を持つ母に髪をいじってもらえば、もしかしたら自分も同じになれるんじゃないかなんて、淡い期待を抱いたりしている。
「ユイの髪はほんとお父さん似ね。しっかりしていてクセが無くて羨ましいわ」
わたしの背後に座って髪を梳いてくれる母が言う。
その語りに唇がへの字を描いたのが自分でも分かった。だので口元を無理矢理緩め、ふーっと溜息を吐いた。
「わたしはふわふわで女の子って感じの髪がよかった。お母さんみたいな髪の毛になりたかった」
「あら? お父さんと同じはイヤ?」
微笑みの気配を含んだ問い。それに暫し口を噤んでしまう。
自分の髪は重く黒い色で、癖を知らない硬毛だ。もちろん父譲りの毛色と毛質は父の血を継いだ証であって誇りでもある。
――だけど、自分の憧れは母と同じ柔らかな髪なのだ。父と同じと再認識させられ、機嫌を損ねてしまうのは仕方が無いと思ってほしい。
「別に嫌じゃない……けど、そこはオトメゴコロを分かってよ。お母さんってば鈍いんだから」
精一杯の反論をすればくすくすと笑われた。わたしの気持ちは全く以て母に響いていないようだ。
再び唇がへの字になりそうだったが、そこはぐっと堪えて代わりに頬が膨らむ。
「ユイみたいなサラサラでクセの無い髪が良いなって思うのは本当よ。お母さんみたいな髪質はまとめるのも大変だし、特に朝のお手入れが面倒くさくてね」
「……お母さん、朝は髪が爆発してるもんね」
「そうよ。ユイもお兄ちゃんたちも笑うけど、寝癖が付きやすくって乙女心としてイヤになっちゃうものよ」
「ぐう……」
わたしが説いた憧れからの反論は、現実を知るささやかな反論でかわされた。
ふわふわの髪というのは、これはこれで大変らしい。自分の性格を思うと毎朝の手入れを頑張れる気がしない。いっそのこと髪が短くてふわふわなればとも思うが、髪が長くてふわふわなことに意義があって思い描いている理想とは違う。
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