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春の獄(ひとや)
昭和が終わって平成が始った年、大学への進学が決まって東京に出てきた。
憧れていた東京の暮らしは、それほど楽しいものではなかった。
知り合いはいなかったし、勤労学生だったので生活費と授業料を稼ぐために長い時間アルバイトをしなければならなかった。
そのせいか友達もあまりできなかった。
いや、友達が出来なかったのはアルバイトのせいだけではない。ほんとうは、自分の方に問題があったのだ。
僕は元来の引っ込み思案であったし、それに、どこかでクラスの皆を軽蔑していた。
親に仕送りを貰って、ファッションや恋愛や遊びにしか興味のない周りの連中を軽蔑して馬鹿にしていた。その彼らに対する嫌悪と軽蔑の根底にあったのは、生活の不安も無く、ただ楽しい事だけをして生きていくことを許される彼らへのどうしようもない嫉妬と憧れだった。
僕はなんのサークルにも入らず、ゼミでは出来るだけ人の少ない席に座り、時々思い出したように回って来るコンパの誘いも「仕事があるから、」と断った。
「仕事があるから」というときだけ、僕は彼らに対して少しだけ優越感を得る事ができた。
アルバイトなどいまどきの学生なら誰でもしているのに、だ。
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