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カサカサってなんだよ
カサカサ、と何かが動く音が部屋のどこかでかすかに聞こえた。
気のせいかもしれない。冷たい風を吐き出すエアコンが、開きっぱなしのノートをめくろうとした音なのかもしれない。
仮眠しようと土曜の午前中からベッドに寝転んでいた俺は、気のせいだと思いたくてまた夏用の薄いタオルケットを被ろうとした。けれども、あれ、そもそも俺ってノートを出しっぱなしにしてないよな、と思い直してまた心配になる。
起き上がって机の上を確認するのは面倒だ。
週明けにある生徒総会の準備で午後からまた会議する予定がある。まだ布団からは出たくない。大丈夫だよ。多分、ノートは片付けてある。俺はそういうところ結構きっちりしてるから。
開けかけた目を無理やりまた閉じて、強引に眠ろうとするが、それならさっきのカサカサは何なんだって、その正体が気になって来る。
カサカサって、まさか、あいつじゃないだろうな……?
「クッソ、眠れねーー!!!」
くわっと開眼し、俺は結局飛び起きた。
汗で重くなった前髪を眼鏡の下に押し込み、立ち上がる。
腕にはめた時計の針は、11時半を指そうとしていた。
……行くか。いつものとこ。
整理整頓された机の上を確認し、エアコンを切って部屋を出た。そのままリビングを抜けて玄関に行こうとすると、キッチンから甘いみりんの香りがして来て、昼飯のメニューが母の得意の魚の煮付けであることを知る。
「あら、出かけるの? 智。もうすぐ御飯できるわよ」
「すぐ帰る」
誘惑に負けそうになるのをこらえて、俺は自転車である場所に向かった。
そこは、喫茶店──のような外観をした、中身は全く別の店だ。
怪しげな雰囲気は一切感じない、赤茶色のレンガの建物とキャラメル色のドア。小さな黒い看板には今日の日替わりと書かれた文字。初めてここを訪れた時は、本当にただの喫茶店だと勘違いして入ったことを思い出す。
だが、そこにいるのはメイドのようなエプロン姿の若いウエイトレスでもダンサー風ワイルドイケメンのウエイターでもない。
「あら、いらっしゃいませ。チャンシング・ひろの占いの館へようこそ!」
店の名前は「Watasi No Haha.」
待っていたのは、怪しげな狐の面を被った、一人の占い師だ。
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