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第三話
祖父母の家で、家族みんなで、食事をすることが頻繁にあることだった。食べ終わると,リビングでしばらくゆっくりしてから帰るのだった。
ある日,祖母の様子はいつもとは少し違うことに気づいていた。大人がみんな楽しく会話しているのに,会話に入ろうとしない。私と妹たちの遊びをいつも見てくれるのに,見ていない。一人で難しい顔をしている。まるでみんなと隔絶された空間にいるかのような雰囲気だった。
母も祖母の異変に気づいて,声をかけた。
「お母さん,どうしたの?大丈夫?」
すると,祖母が突然泣き出したのだ。涙ぐみながら
「あなたたちを愛している」
と今しか言うタイミングがないかのように強い口調で言った。
私と妹たちはすぐ祖母が悲しんでいることを察して,祖母に抱きついた。
「大丈夫だよ。私たちも愛しているよ。」
と何度も慰めるように言った。
そのときは,祖母が何故そのタイミングで急に泣き出したのか、よくわからなかった。沈んだ表情をした顔と、重々しい雰囲気はずっと忘れられずにいたけれど,今ならわかる。
あとになるまで知らなかったことだけれど,祖母は自分の病気について叔母から聞かされていたみたいだ。自分がどういう病気とこれから付き合い,どういう運命に向かっていくのかということについて,どの程度聞いていたかはわからない。でも,家族との呑気で楽しい時間を楽しみ,「愛しているよ」と自分の口で伝えられるのは今だけだということは、どうもわかっていたみたい。
あの夜,祖母のいつも明るくて柔らかい愛情と温かみに満ちていた目の奥に見えていた深い葛藤と暗い表情を一生忘れないだろう。泣きながら「愛しているよ」と言った時の上ずった声も。
大人になってから、祖母のあの時の様子をよく思い出す。壁にぶち当たった時や、手も足も出ないような状況に自分を追い詰めた時に、あの顔を思い出す。そして,その時にいつも思う。自分の今直面している問題や、内心で抱えている葛藤は、祖母のあの時抱えていたものと比べ物にならないと。そう思えば,頑張れるし,不甲斐ない状況でも辛抱できる。
そして,その時の祖母の心中に、思いを馳せてみる。どんなに頑張っても勝てないとわかっている勝負に、十四年間も挑み続けるのはどういう気持ちだったのか,何を希望にして日々を過ごしていたのか…そして,思う。その精神力に自分が敵うことは絶対にあり得ないと。でも,敵わなくても,たとえ自分には勝てないとわかっていても戦い続けなければならないと。祖母の分まで。
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