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第四話
祖母は病気が進行し,自分でトイレに行けなくなってしまった。歩けなくなっただけではなく,トイレを自分の意思で我慢したりすることも出来なくなっていた。
でも,祖母の尊厳を考慮し,なるべくトイレでするようにニ時間おきぐらいにトイレまで連れて行って座らせていた。座っている間,私や妹がトイレの向かい側の浴槽の縁に座り,前屈みになり落ちてしまわないように見守るのだった。
しかし,祖母がうちで暮らすことが決まり,祖父が介護の手伝いをしに通うようになると,彼がよくトイレの見守り役をするようになったのだ。祖父が見ているときは,様子を見に行く必要もないし,夫婦だから基本的に覗かずに二人きりにしてあげていた。
でも,あるとき,見ては行けない光景を見てしまったのだ。
リビングで宿題に取り掛かっていたら,祖父のいつもと違う声が聞こえたのでこっそりと覗きに行った。
そしたら,祖父は浴槽の縁に座ったまま便座に座る祖母の手を握り,「愛しているよ,ずっと」と小さくて柔らかい声で言ったのだった。
祖父は小さい声で喋ることも,柔らかい言葉を使うことも,珍しかった。言葉遣いがきつくて、露骨な方で,「愛している」のような言葉を頻繁に口にする人ではなかった。子供の頃,よくハグしてくれたけれど,それは優しくいハグではなく,少し痛いぐらいの乱暴な感じのものだった。ハグしてくれたと思いきや,いきなり大きい手で、こちょこちょされることが多かった。しんみりしたり、感慨に耽たりするタイプではなかった。
私はすぐ見ては行けないものを見てしまった気持ちになり,目を逸らした。
そのときは,まだ夫婦仲のことや誰かと親密になるということを知らなかった。でも,その光景は,親密以外のどの言葉でも形容し難いものだった。人には見せない二人だけのものだった。歳をとると,親密の形は変わる,そういう親密の形もあるだろうと度々その光景が目に浮かび,つくづく思う。
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