きみのとこまであるいてく

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きみのとこまであるいてく

 この世のおじさんというおじさんは、余計なことをするために生きているんだろうか――  市役所内の壁に貼り出されたポスターを見ながら、椿は眉間にしわを刻んでいた。 『健康促進プロジェクト・歩いて月を目指せ!』  ポスターでは、もはや見覚えのありすぎるフリー素材イラストの宇宙飛行士が微笑み、その背後に大きく配置された月面に詳細が記載されている。 『アプリをダウンロード→チームで歩く!→合計歩数で豪華景品が当たる!?』  なんでも、県の健康促進課の開発した(もちろん外注だが)ウォーキングアプリの存在を県民に知ってもらうため、各自治体・企業参加で期間中歩いた距離を競ってもらおうというイベントらしい。もちろん梓市にも参加しなさいねのお達しがきている。  だるいことこの上ないが、県からの要請のため、まったくスルーというわけにもいかない。それなりの成果を出して報告を上げなければいけないのだった。  一般企業には県から些少だが賞品が出るらしいが、椿たち公務員は税金の無駄遣いをしてはいけないということで、自治体独自で過剰でないものを設定することになっていた。  梓市役所内でのそれは(いつ作ったかわからない)「豪華☆しっちんグッズセット」だ。  うん、心の底から欲しくない。  だいたい、アプリをインストールした職場用スマホをプライベートでも持ち歩かなければならないなんて、これはなんらかのコンプライアンス違反にならないんだろうか……と、そんなことを一ミリも考えたことなどないであろう、昭和生まれ課長が肩をぽんと叩いてくる。 「うちの課は椿くんがいるから楽勝だな」  なんでだよ。若い=歩くの苦痛じゃないって思い込みなんとかしろ。 「期待してるわね、椿くん」  そちらこそ、ちょっと歩いてカロリー消費されたほうが……って言ったりしたら、それはばっちりセクハラにカウントされるんだろうな。 「さっき部長と廊下で会ったから、一位はうちの課がいただきますって宣言しといた!」    だから、どうして、よけいなことを。
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