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二つの足あと
風のない夜だった。
空には白々しいほどに大量の星が瞬き、消しゴムで消し忘れたような細い三日月が浮かんでいた。
海はどこまでも穏やかで、真っ暗な闇の中に控え目に白い波を泡立たせる。
遥か遠くに浮かぶのは漁船の灯かりで、時折くるくる回る灯台の光が頭上の空を切り裂いていった。
すっかり風が冷たくなったこの季節になると、わざわざ夜に海辺を訪れようという変わり者はこの町には一人もいない。
僕は足あとひとつない砂浜の上に座って、一人静かに見慣れた海を見つめていた。
ブブッブブッとポケットの中が振動し、せっかく落ち着きを取り戻しつつあった心を、明滅するスマホがざわつかせる。
――しつこいな。ほっといてくれよ。
自棄になって、僕は目障りなそれを力いっぱい投げつけた。スマホは光りながら夜空を舞い、海の藻屑へと消えて行った。
ようやく静かになったとせいせいした気持ちで、砂の上にごろりと仰向けになる。と――
「こんばんは」
いつの間に現れたのか、僕を見下ろす女の子に気づいてぎょっとした。
「あの……もしかして、もう死にたいとか思ってませんか?」
言葉とは裏腹に眩しすぎる笑顔を浮かべて彼女は言う。
「い、いや……別に……」
「隠さなくてもわかりますよ。顔に書いてありますから」
図星を指されてぎょっとする僕をよそに、平然と彼女は言い、断りもなく僕の隣に腰を下ろした。
「良かったら何があったか教えてくれませんか? 私で良かったら、話、聞きますよ」
年恰好から察するに、僕と同じ高校生だろうか。
まるで絵本の中から出てきたみたいに真っ白なワンピースをまとった彼女は、ドキッとするぐらい愛らしかった。
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