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新生活
一人で戻ってきたティアラをイケメン執事が車の側で待っていた。
微笑む執事の横で人間の運転手がドアを開けてティアラを迎える。
(自動走行車なのに、わざわざ人間なんて・・・・・・)
そう思いながらも運転手へ労いの目線を送ってティアラは車に乗り込む。
人間は労働時間が決まっていて休憩も有休も与えなくてはいけない。病気もミスもする。メンテナンス料を含めてもアンドロイドの方が安上がりだ。
(人を雇う寛大さとお金の余裕・・・ね)
ティアラはため息を漏らした。
「旦那様と奥様は先に新居へ向かわれました。お嬢様はどうされますか?」
助手席から後部座席に座るティアラへ執事が聞いてきた。
「どうって?」
「お別れを告げたい殿方がおいでなのでは?」
先月別れた彼の事を言っているのだろう。
(爺のお節介焼き! こんなデータ残さなくてもいいのに!)
初めて出会った好みの男性に過去の恋愛を知られているような恥ずかしさ。そんな感覚にティアラはむっとする。
「どうされましたか?」
「・・・・・・別に」
機嫌の悪い顔を若い執事に見られたくなくてティアラは窓の外へ顔を向けた。
「そのデータは消して・・・いえ、ファイルに入れてしまって。命令するまで勝手に開けたりしないで、ちょうだい」
執事と目があって「してちょうだい」と付け加えた。
(爺には言ったことないのに。やりにくいな、顔の変更今からでも可能かしら?)
そんな事を考えながら爪を噛む。
「承知いたしました」
新しい青年執事はそれ以上は何も言わなかった。
(爺なら本当にいいんですか? とか色々言ってくるけど・・・・・・。フレンドリーシリーズと違ってプロ系はさっぱりしてるのね)
爺ならレディーが爪を噛むものではありませんと忠告することも忘れないだろう。
“田舎”の新居に移って2週間。
ご近所を招いたパーティーや知人とのパーティー、招いては招かれ会食で日々が過ぎていっていた。
褒め言葉の応酬で気疲れして、そろそろ休みが欲しい頃。
「お帰りなさいませ」
出迎える執事を従えて歩きながら、ティアラは脱いだハイヒールを床に転がした。
「ああ、疲れる」
執事は靴を黙って拾い上げて彼女の後ろをついてくる。
ティアラはふと立ち止まり執事を見上げた。
「どうかなさいましたか?」
「・・・別に」
ティアラはくるりと向き直って階段を上がって行きながら、
「こんな所で靴を脱ぐなって言わないんだ」
ぼそりと呟いた。
爺ならレディーがはしたないと言うだろう。
「ハイヒールは足に負担が大きいですから、お気持ちを察し致します」
爺との対応の違いに驚き、そう来るかとティアラは笑った。
「それよりも・・・」
(おっ、きたか?)
初の苦言かと振り返るティアラを青年執事が軽々とお姫様抱っこする。
「お嬢様の足が汚れてしまわないか心配です」
慌てて執事の首に手を回すと、優しく微笑む彼の顔が目の前にあった。
(美形は見慣れると言うけど、ときめきプラス悪くないな。勧められるまま入れてて良かった)
まんざらでもない顔で執事の腕の中にティアラはおさまっていた。
(子供の頃に遊び疲れると、爺が同じように抱っこしてベッドに連れて行ってくれたっけ)
執事はティアラの部屋を抜けて彼女の庭園へと歩いていく。そして、噴水の側のテーブル席へ彼女をそっと座らせて席を外した。
ティアラの好きな花と木々が植えられた庭。今までの倍はある庭を眺めてティアラがほっくりと微笑む。
(爺ならティーを持ってきてくれるんだけど・・・)
噴水の水音と小鳥のさえずりを聞きながらそんな事を思う。
「ミルクティーをお持ちしました」
執事の声に顔を向けると音もたてずにティーセットをテーブルへ置くところだった。
(アールグレイじゃなくてミルクティー)
ティアラは執事ににっこりと笑顔を向けるとカップを口に運んだ。
(疲れているときはミルクティー。ちゃんと引き継がれてる。味も全く同じだわ)
黙って席を外した執事が少し間をおいて戻ってくる。その手には温かいタオルとルームシューズがあった。
彼はティアラの前で膝を折って彼女の足を丁寧に拭き、ふくらはぎのマッサージを始める。
(爺と同じことをしているのに景色が違う)
執事の頭が少しティアラより低い。見下ろす位置にある彼の鼻のラインと睫毛を彼女は見つめていた。
(この角度から見ると本人そっくり)
好きな俳優を眺める気分で見ていたティアラと、顔をあげた執事の目がぴたりと重なってティアラが慌てて目をそらす。
相手がアンドロイドだとわかっていても気恥ずかしく思ってしまう。それほど人と遜色がなかった。
「他になにかご用はありますか?」
「べ・・・別にないわ」
「それでは」
一礼をして去っていく執事の背をティアラは見送る。
「これだけ? 本当にさっぱりしてるのね」
少し肩透かしを食らった気がする。
「爺ならうるさがられてもあれこれと聞いてくるのに、何も聞いてこない・・・・・・」
でも、これも悪くない。
すぐにゆっくりできるという事が新鮮な気がした。
「ああ、一人の時間に乾杯!」
そう言ってティアラはまた一口ミルクティーを飲んだ。
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