プロとフレンドリー

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プロとフレンドリー

 明るい光を瞼越しに感じてティアラは目を覚ました。カーテンは開けられてレース越しの光が部屋を明るくしている。  時計に目をやると10時を回っていた。 「うーん・・・、よく寝たぁ」  横になったまま腕をぐっと上げて伸びをする。ティアラは満面の笑みを浮かべた。 「小言のない目覚めってなんて素敵なんだろう!」  カーテンが開いているということは執事が一度は部屋に入ってきた証拠だ。  もう少し余韻を楽しもうとベッドの中でぬくぬくしてみる。 (こんな至福のひとときがあったとは)  と、ティアラはほくそ笑んだ。 (・・・・・・!)  ドアの開く音がしてティアラは身構える。 「お目覚めになられましたか」  執事が手にしている物を見てティアラはがばっと飛び起きた。 「朝食を持ってきてくれたの!?」  目を輝かせるティアラへ執事が笑顔を返す。毎日している事のようにベッドに座るティアラの前へと朝食を置いた。 「こんなこと病気の時くらいしかしてもらったことないわ」  執事の瞳の奥で小さな光が明滅する。それは表からは見えず、一秒にも満たない時間。 「そうですね。お嬢様も丈夫になられて最近では失恋なさった時くらいでしたね」  ティアラの口がへの字になる。 「ああ・・・・・・」  渋い顔で頷いた。 「お辛かったですね」 「知ってるの!?」  少し食いぎみに言ったティアラへ青年執事が口ごもった・・・・・・ように見えた。 「一般的に失恋は辛いものだと理解しております」 「そうか・・・」  失恋の様子を知られていないことにほっとするのと同時に、少し淋しい気もする。 「病気でも落ち込んでる訳でもないのに今日はどうして?」  執事がそっと微笑む。 「疲れの残った朝はベッドで朝食をとられる方はけっこういらっしゃいますよ」 「そうなの!?」 「はい、データが出ています」 「爺はそんなこと教えてくれなかったわ」  セッティングを済ませた執事が、むくれるティアラに少し困った顔を向けた。 「先の執事は教育と躾のプログラムが入っていたようですから」  そう言われてティアラはなるほどと頷いた。 「そうか、爺は子供の頃からいたんだものね。・・・・・・と言うことは、あなたには入ってないのね?」 「はい」  執事の答えにティアラは気をよくしてスープを口にした。 「お父様達が私をレディーとして認めたってことだわ。今日の予定は?」 「今日の予定はまだ入っておりません」  ティアラは目を見開いた。 「予定入れられてないの? 私が自由に使ってもいいってこと?」  勢い込むティアラに執事も微笑む。 「スイーツ巡りなどなさいますか?」 「そうね、お気に入りのお店探しておくのも悪くないわね」 「お嬢様は甘いもので気分転換されることが多いですから」  何気ない会話にそんな事もデータとして残されているのかとティアラは目を丸くする。 「失恋したときはさすがに食べなかったけどね」 「最近では2週間、甘いものを口にされなかったことがございましたね」  それは一番最近の失恋の時のことだ。 「へー・・・、そのデータはあるんだ」 「4回の失恋の中で2番目に立ち直りが早かったケースです」  さらりと話す青年執事にティアラが口を尖らせて小さく言う。 「4回とか言わなくても・・・・・・」 「これは失礼いたしました」 「いいけど」  パンを口に放り込んでティアラはふと思う。 「ねぇ」 「はい」 「失恋中、私がどうだったかもデータとして残ってるものなの?」  執事が軽く首を振った。 「いえ、様子については残っていません。ですが、気分の切り替えにかかる時間については記録されています。長引くようならカウンセリングなどが必要となりますから」  ティアラはスプーンをくわえたまま、小さくふーんと鼻をならした。 「恋愛中のデータの方が多いですよ。デートに行った場所やプレゼントなど」 「どうして?」  ティアラが執事を見上げる。 「別れた後その場所へ行きたくない、貰った物を捨てるようになどの指示が出ることがありますので」 (ありそうなことね。必要なデータだわ)  そう思ったティアラは少し気になったことを思い出した。 「AIが削除するデータってどんなものなの?」  執事の動きが一瞬止まる。それは誰かの答えを聞いているみたいな間だった。 「すでに削除されているものは、データとして残っていないので私にはわかりかねます」  言われてみればその通り。 「14時には出掛けるわ、準備をお願い」  執事は一礼して部屋を出て行った。  穏やかな1日のスタートを噛みしめて、ティアラは窓辺に立った。レースカーテン越しの光は優しかった。 「どんなデータが削除されるのか、爺は知ってたのかしら?」  爺の穏やかな顔が思い出された。  細い目、笑ったときに出る目尻のしわ。 「私の個人データ・・・か。爺は何を残してたんだろう」  蝶ネクタイはまだティアラの手元にあった。
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