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執事との別れ
空調が風を生み木々を揺らしている。緑の多い屋上庭園にティアラとアンドロイド執事は来ていた。
「最後の日にお嬢様がお供してくださるなんて、爺は嬉しくて涙が出ます」
「出てないくせに」
呆れ顔でそう言うティアラを満面の笑顔でアンドロイド執事が見つめていた。
「他の見送りの方々は帰られたようですし、お嬢様もそろそろ」
「爺がゲートをくぐるまでいるわ」
そっぽを向きながら言うティアラ。そんな彼女を愛しそうな目で爺は眺めていた。
ここは役目を終えたアンドロイドの回収場所で、昔の人たちのセンチメンタルな気持ちが作った別れの場所。
今、この庭園で所在なげに椅子に座ったり外を眺めているのは、みんなアンドロイドばかりだった。
見るからにロボットの姿の者もいれば爺のように人間にしか見えないアンドロイドもいる。そして動物の姿をした個体の姿もちらほら見ることができた。
「次の執事はお嬢様の好みに合っていますね」
「ええ、オーダー通りで満足だわ」
新しい執事はここへ来るときから同行していた。
青年執事はきっと今も行儀よい姿勢で車の横に立っているに違いない。
「旦那様の選んだ年寄り姿の私を長く側に置いてくださったこと、感謝しています」
「特に不満もなかったから、感謝なんてしなくていいわ」
そっけなくティアラは言った。
「これからはハンサムな執事が側にいて楽しくなりますね」
「べ、別に・・・執事と恋愛する気はないわよ、アンドロイドだし」
頬をうっすら染めて反論するティアラに爺が細い目をさらに細める。
「もう少し好きな俳優の方に寄せた顔立ちでもよかったのでは?」
いたずらな目で爺が聞いた。
なぜそうしなかったのかを知っているはずの執事に、ティアラはうざったそうに目を向けた。
「肖像権のこともあるし、あんまり似てたら寝起きの顔とか・・・見られたくないわ。あれくらいが良いのよ」
口を尖らせて言うティアラを爺は愛しそうに眺めていた。
「乙女心ですね」
「ぜんぶ知ってるくせに」
ふくれるティアラに口髭で隠れた爺の口許が微笑む。
「お嬢様も16才になって、もうじきご結婚なさる」
「時間進めすぎッ。少なくとも30才までは自由に楽しむつもりなんだから」
ティアラは大きく溜め息をついた。
「お嬢様のウエディング姿、爺も見とうございました」
そっと微笑む執事の目が潤んでいるように見えてティアラは目をそらす。
アンドロイド執事は人が涙をこらえてするように、顔をあげて空へと目を向けた。
「“田舎”はもっと広い空が見えるのでしょうね」
高層ビルの乱立する都会では、屋上から見る空でさえ小さい。指一本分の空しか知らずに死んでしまう人も多かった。
「叔父様の家に泊まったときに見た空は圧巻だったわ」
ティアラも空を見上げる。
「ええ、戻られたときのお嬢様のお話を覚えていますよ。とても興奮なさっていました」
楽しそうな笑顔の執事を見てティアラも笑顔になる。
「もうじき毎日のように眺められるようになりますね」
金持ちばかりの住む“田舎”での暮らしが始まる。都会ではちやほやされていたティアラもちやほやする側になるかもしれない。
「他の金持ち達は最新式のアンドロイドを持ってるからって、対抗意識を持ったお父様を許してあげて」
爺はそっと微笑み返した。
「ひとつの役目を終えただけのこと、気になどしていませんよ」
田舎に住むことは金持ちのステータスのひとつだった。
(これから持ち物競争が始まるのね・・・・・・)
それはティアラにとっていくつかの憂鬱の中のひとつだった。
「パーティー三昧でオベッカ使わなきゃいけないのは残念だわ」
ティアラはぽつりと言った。
「今までより広くなったお庭をお好きな様に造らせて、空いた時間を楽しんでください」
爺の言葉もティアラの浮かない顔を明るくはできなかった。
「お嬢様ならきっと上手にやれますよ」
優しく励ます爺。その眉が心配げに寄っている。
「ねぇ、爺はこれからどうなるの?」
嫌な想像を横に退けて、笑顔を作ったティアラが質問する。爺も笑顔を作った。
「不具合がなければデータを削除してリサイクルに回されます」
「スクラップになるの!?」
驚くティアラに驚いて見せた爺が楽しそうに笑う。
「まずは新しい買い手が見つかるまでショップに置かれて、買い手が見つからなければ払い下げられます。小さなアンドロイド販売店でも売れなかったら・・・・・・その時にはバラバラにされます」
こともなげにさらりと爺はそう言った。
「私と同じフレンドリーシリーズは人気があるのでスクラップになることはないと思いますよ」
アンドロイド執事はそう言って微笑んだ。
「・・・どこかでまた会えると良いわね」
ティアラの言葉に爺が眉を八の字にして悲しげな表情を作る。
「姿は変わらなくても私はきっとお嬢様には気づかないでしょう」
肩を落としていかにも切なそうに爺が言う。
「データ削除されてるんだもんね」
ティアラは苦笑した。
肩を落とす執事は本当に人の老人のように見えて、ティアラは執事の肩に手を添える。
「あぁ、これを私からお嬢様へ」
執事は身に付けていた蝶ネクタイを手にティアラへと差し出した。
「これを、私に?」
「はい。お嬢様の思い出が入っています」
「データはクラウドにあるんじゃないの?」
ティアラの問いに執事が頷く。
「はい、必要なデータはクラウドに記録されています。ですが、容量に限りがございますので不必要なデータはAIが削除してしまいます」
不必要なデータという言葉が少し気になった。
「あ、時間です。では」
どこからか指示が出ているらしく、庭園にいるアンドロイド達が皆ゲートへ向かって歩きだしていた。
「爺、ちょっと待って!」
呼び止めるティアラの声に執事が立ち止まる。
「このデータを見たいときにはどうしたらいいの?」
一瞬、爺が躊躇するように動きを止めた。
「見なくても構いません。お嬢様の個人データです。しかるべき処理をして捨ててください」
ゲートへ体を向き直す執事の腕をティアラは掴んだ。
「どうしたらいいのか教えて」
少し尖った声は命令のようだった。
「フレンドリーシリーズのアンドロイドでしたら共有できます」
腕にかかったティアラの手をそっとどけて執事は頭を下げる。
「お健やかに、どうかお幸せに」
遠ざかる執事の背は距離以上に小さく見えた。
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