第一色 — 深き水底の色 —

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昨日は泣いた後の記憶が曖昧で、気が付いたら宿の布団の上にいた。どうやらあの後泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。男の人が「おはよう」と挨拶をしてくれた。まだ寝惚けてるせいで、はっきりと挨拶を返せなかった。 男の人は顔を洗うように言って、食堂に下りて行ってしまった。 顔を洗いながら色々と考えた。 男の人や女将さんはこの宿にお世話になっていいとい言っていた。男の人は旅人らしい。この宿に留まるということは男の人と別れるということ……。 どうしてだろう。男の人と離れるのがとても寂しく感じる。 「一緒にいたいな……」 無意識の内にそんな言葉をこぼしていた。 顔を洗ったおかげか、少し頭が冴えてきた気がする。多少の身支度をして食堂へ行くと、男の人は既に朝餉を終えていたらしい。男の人と同じ机、向かい側に座る。女将さんが配膳をしてくれて、ついでに色々と話をしてくれた。その間もずっと男の人が気になって、ちらちらと男の人を見ていた。 朝餉を終えると女将さんの勧めで男の人と二人で街を散策することになった。温かくて大きな手をずっと握っていた。そうすると安心できたから。 『やっぱり、離れたくない』という思いが頭をよぎる。否、ずっと一緒にいたいと心から思う。 ひとしきり散策を終えて、宿に戻ってきた。女将さんに「どうだった?」と聞かれ、「楽しかったです」と答えた。よかったと言うようににっこりと女将さんは笑っていた。部屋に戻ると男の人は窓際で煙草を吸い始めた。 「童、これからどうする?」 ふぅーと煙草の煙を吐き出し、男の人が不意に聞いてきた。これから…… 「俺は明日、旅を再開する。ここにはちと長く居過ぎた。あの女将さんはいい人だ。心配はいらない。」 確かにあの女将さんはとてもいい人だ。それは分かる。分かるけど…… 「お前の人生だ。お前が決めればいい。」 悩んでいるのを見兼ねたのだろうか、しかし男の人のその言葉にはっとした。 『自分の人生……』 今まで、大人に左右されて生きてきた。成人するまでは村の外に出てはいけないと、好きな恰好をしてはならないと……。息苦しいと感じることが多かった。しかしそれが当たり前だと思っていた。だってそれが正しいと、周りの大人もそうしてきたのだからと躾けられた。大人に従って当然、それをこの男の人はと言った。 男の人の言葉で決心した。 「一緒に、ついて行ったら駄目ですか?」 男の人は驚いた顔をした。やっぱり駄目なのか?子供の自分では旅の足手纏いなのは重々承知している。それでも一緒にいたいと思ったから。 顔を俯けたその時、ふっと男の人が笑った。 「そうか。それがお前の決めた答えなら、いいだろう。」 はっと顔を上げて見た男の人は、とても優しく笑っていた。  ――――― 如何なる物も包み込む、沈み行く深き水底の色           人はその深き青を 【紺青(こんじょう)色】と呼ぶ
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