第一色 — 深き水底の色 —

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朝餉は二人でゆっくり食べた。ここは街道沿いにある集落らしい。村から出たことのなかった自分には、こんな栄えた集落があったことすら知らなかった。 ここは集落の旅宿らしく、女将さんと呼ばれる人が色々と世話してくれた。 『こんな豪華な朝餉は初めてだ……』 朝餉の間、ずっと男の人は優しい目で僕を静かに見守ってくれていた。 朝餉の後は二人で部屋に戻って、男の人は事の成り行きをゆっくりと丁寧に教えてくれた。 どうやらもう、僕には帰る場所も家族もいないらしい。まだ失ったという実感が湧かなかった。 「……行って、みるか?」 男の人は険しい顔をしながら問いかけてきた。「行ってみるか?」それは壊滅した、自分が生まれ育ったあの村に、ということだろう。突然のことで困惑しているのは確かで、きっとその光景を目にすれば実感も湧くのだろう。 「行きたくなきゃ、行かなきゃいい。女将さんにここに置いてくれるように頼んである。あの女将さんだ。きっとお前はここで不自由なく生きていけるだろう。大人になって、決心がついてから行ったって(ばち)は当たらんだろう。」 僕が沈黙していたせいか、それとも不安な顔でもしていたのか、男の人は優しく笑い、穏やかな声でそう言った。 僕はゆっくりと首を横に振った。 「いいえ、行きます。」 それが僕の答えだった。 男の人はじっと僕の目を見つめた後、「分かった」と静かに頷いてくれた。 宿では女将さんや常連さんが村に行くことを心配してくれた。集落から出るまで、街の人々によく声をかけられた。 街道に出て村に向かう道中、男の人はずっと手を握っててくれた。それだけで、安心感を得られた。ただ、男の人は前だけを見つめて一言も話さなかった。 村に着いた。その惨状を見て回った。その間も男の人はずっと手を握っていてくれた。村の人々の遺体は、あの集落の人達が手を貸してくれたらしく、村の外れの少し開けた場所に埋葬されていた。 無言で眺めていたが、村の惨状を見て、墓を見て、突然に胸の底から何かがこみ上がってきた。涙が溢れる。そして大声をあげて泣き崩れた。 男の人は何も言わず、静かに傍に寄り添い、優しく頭を撫でてくれた。男の人の胸元に顔をうずめて泣く。泣いて、泣いて……。それでも男の人は僕を包み込むように抱きしめて、頭を撫でてくれていた。ずっと、僕が泣き止むまで……。
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