序色 — 自分だけの"色"を見つけよう —

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「そんな世界、俺ァ退屈過ぎて生きていたくねぇなぁ」 群青色(ぐんじょういろ)の着物に、背中一杯に孔雀が描かれた目立つ派手な羽織を纏う青年は、鮮やかな濡羽色(ぬればいろ)の髪を後ろでこめかみの高さに半分程度束ね、風になびかせている。縁側に腰掛け、赤銅色(しゃくどういろ)の煙管を吹かす。吐き出した煙草の煙は白く、虚空を泳ぎ、穏やかな春の風に流され消えていく。 「まぁ…貴方ならそう言うと思っていましたよ」 そう言ったのは、縁側に面した和室で寝間着姿で(とこ)に座る生成り色(きなりいろ)の髪を持つ物腰柔らかな男性。癖が無く柔らかそうな髪は腰元まであろうかと思う程長く、穏やかな笑みをたたえている。 ここは伊賀の山中にひっそりと存在する屋敷。山を下りれば集落もあるが、ここに立ち寄る者はせいぜい山に棲む獣か伊賀の忍ぐらい。 「……で?いつ、行くのです?」 少々溜息混じりに聞いてくる。まるでさっさと出て行けと言わんばかりに…… 「そんなに出て行って欲しいのか?俺に」 「そういう訳ではありませんよ」 「明日、日の出と共に出て行くさ。俺だって楽しみでしゃあねぇんだ」 明日、日の出と共に旅に出る。住み慣れたこの屋敷を離れて…… 胸が高鳴る。まだ見ぬ景色と"彩"を求めて。その眼は無邪気な子供のように強い光をたたえて…… 「広い世界を見て回る事は、知見を広げる意味でもとても良い事です。貴方は少々大切に育て過ぎました。」 「大切に……ねぇ。まぁ、御上(おかみ)には随分と世話になったしな。」 「厳しく指導するのは、貴方を想っての事ですよ?」 「わぁってるって」 厳しかったのは確かだ。正直死ぬかと思うような指導もよくあった。こうして屋敷の縁側で、煙管を吹かしながら二人で他愛ない会話をするのも今日がきっと最後だろう。 穏やかな春の昼間のひと時だった。
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