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「ふざけるな!」
未来路は体をビクッとさせた。後ろから大声が聞こえていたのだ。
振り返ると丹がこちらに背を向けて肩をこわばらせ、両手を強く握りしめながら下を向いていた。地面に向かって叫んだようだ。
先ほどの拒絶で丹の心は折れたはずだ。それは何も言えなかったことからも明白だった。なのに「ふざけるな!」と自分の拒絶を拒絶した。そんなことは初めてだった。
今までにも自分の病気のことを言わざるを得ないことはあったし、その都度今回のように手を差し伸べられそうになった。自分とは異なる世界に生きる人に自分のことがわかるはずがないとその手を拒み続けてきた。
そのときの決めぜりふとして「死」を出してきた。心から思っていることなので、自分でもすんなりと口にしてきた。
大抵は言葉に詰まってそれ以上何も言えなくなってきた。
なのに、今自分の目の前にいる人は、声を出した。
普通の人と大きな病気を持つ人という一見わかり合えないであろう壁を越えようとしているように見えた。
丹は振り返った。その顔には怒りも、悲しみもなかった。
そこには困っている人を助けたいという慈悲があった。
「ふざけるな!それはただの現実逃避じゃないか。白川さんは、もっと自由に生きるべきだ!困ったときは僕を頼ればいい。君のことを少しは知っている僕に。もしも白川さんが色を知りたいと思うなら、僕が教えてあげる。空の青も、雲の白も、葉っぱの緑も、紅葉の赤や黄も、桜のピンクだって、僕が白川さんに伝えるよ。目で見えなくても心に伝えてあげる!」
叫んだ。それこそ学校中に聞こえるほどの大声で。
「だから・・・・・・」
丹が右手を未来路の方に突き出した。
二人の間には距離があったが未来路には丹が手を差し伸べているのだとわかった。
「だから、死んでもいいなんて言わないで!僕と一緒に生きよう」
まっすぐに見つめて、まっすぐな声で伝えた。
(何よ・・・・・・)
拒絶しようと思った。ここで拒絶すれば今度こそ絶対に心が折れるはずだ。そうすればもう二度と自分に関わらないだろう。
校門から出ようと歩を進めた。だが、気づいたら足が丹の方に向いていた。帰ろうとしているのに、拒絶しようとしているのに、なぜか丹の方に歩いていた。頭ではなく、心で動いていた。
未来路は丹の前に来た。
丹はまだ右手を掌を上にして出したままだった。
未来路は自分の右手をそっと置いて握った。
「ほ、本当・・・・・・」
「もちろん」
二人は顔を合わせて、お互いの心を確かめ合った。
「嘘だったら・・・・・・」
「そしたら、僕を殴っていいよ」
「金属バットで?」
「そ、それは・・・・・・ちょっと・・・・・・」
予想外のものに少々焦った。
「ふっ」
その様子が面白くて未来路は鼻で笑った。その顔も笑っていた。
丹は未来路の笑顔を見ると自分も嬉しくなった。
「じゃあ、よろしくね」
「いいよ」
もう一度二人は決意を新たにした。
「でも、さっきのは告白っぽかったよ」
つないでいた手を離して、丹とは逆方向を向きながら面白そうに言った。
「え、あ、いや、そ、その、ごめん!」
頭を下げながら大急ぎで謝った。
自分ではそんなつもりはなかったが、未来路に言われると確かにそうだと思って急に恥ずかしくなった。
「へー」
いたずらっぽく笑いながら未来路は歩き出した。
その後を丹が慌てて追いかけた。
(優しいね・・・・・・)
未来路は後ろで「忘れて、忘れて」と連呼している丹を横目で見ながら思った。
(忘れないよ。絶対に)
自分の拒絶を乗り越えた初めての人を信じてみようと思っていた。
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