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「おう、丹。今年度もよろしくな」
「いてっ、碧、背中を叩くなよ」
丹は背中をさすりながら後ろを振り返る。
「ポンと叩いただけだぞ」
「それでも、野球部のお前だと痛いんだよ」
両手を合わせて「悪ぃ、悪ぃ」と謝罪する。
丹も数少ない気が置けない仲である碧のことはよく知っていたので、悪気がないのは明白だと思ってこの話はそこでおしまいにした。
黄坂碧は丹の保育園からの幼なじみで家も近所だ。一年生から野球部の不動のエースピッチャーとして活躍している。
碧は丹の後ろの席に荷物を置いてから座った。
相変わらずの大荷物だなと思った。
「そう言えば、今朝、丹の家に寄ったらおばさんに先に出たよって言われたけど、どうしたんだ?」
不思議そうに聞く碧に丹は「あれだよ、あれ」と言って碧に思い出させようとする。
碧は最初腕を組んで考え込んでいたが「あー、あれか」と頷いた。丹もおそらくそれだろうと思った。
「にしても好きだよな、あそこの桜を見るのが毎年の恒例だっけ?」
「あそこ」とは今朝桜を見ていた公園である。小学生の頃から咲いているときには週に一回以上、多いときでは毎日その公園の桜を見るのが丹の朝の日課である。
その話題を出されると、ふと今朝の出来事を思い出した。
「そう言えば、今朝、桜を見に行ったら偶然白川さんに会ったんだ。桜を見てた見てたみたいだけど・・・・・・」
何かが違った。だが何が違うのかはわからなかった。
丹が考え込んでいると碧が驚いた表情をしているのに気づいた。丹には心当たりはあった。と言うよりも自分も驚いていた。
「丹、白川さんと話したのか?」
「少しだけ。会話と言えるほどでもないよ」
丹はただ桜が好きかどうか、好きな色は何かなどを質問されただけで会話はしていなかった。
それでも丹にとっても碧にとっても十分驚きだった。
「白川さんって授業以外で話すんだな」
碧が意外そうに言った。
普通ならそんなことは言わないだろうが、未来路なら別だ。未来路は学校で全くしゃべらない。強いて言うなら学校で当てられたときに発言するくらいだ。その物静かなミステリアス感と見た目から男子人気は高かいのだが。
丹は一年の時に同じクラスだったので名前は知っていたが、それ以外は何も知らなかった。もちろん話したのも初めてだった。
碧は丹を質問攻めにしていたがそのほとんどが丹には答えられないものだったので、早々に「なーんだ」と言って切りやめてしまった。そして、その流れで席を立って他の人のところへ行ってしまった。
丹も前をむき直して、朝の準備を始めた。準備をしながら丹は未来路の質問を、その表情を思い出していた。
(何であんな質問を・・・・・・?)
答えの出ない問いを頭の中で繰り返していた。
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