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「信号は青?」
呼吸と髪を整えて怒っているような口調で聞いた。
「あ、ああ」
まだ先ほどの発言が整理できていなかったのでそれだけしか返すことができなかった。
その返答は未来路には十分だった。
「そっ」
と言うと再び片側に出て歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待って」
丹が片手を伸ばしながら制止した。
その手は見えていないはずだが、声だけで未来路を止めることができた。
「何?」
振り向くことなくぶっきらぼうに言った。
丹に怒りの感情はもう湧いてこなかった。ただ、知りたいという思いだけが丹を動かしていた。
「さ、さっきのはどういう?」
正直、答えてくれるとは思っていなかったし、聞いていいかどうかもわからなかった。それでも聞かないままだと後味が悪すぎた。
未来路の動きが止まった。それ以上に二人の時間が凍結してしまったかのように見えた。
何分経っただろうか。正確に数えるとおそらく一分にも満たない時間だっただろう。だが、二人にはそれが何分にも、何十分にも感じられた。
未来路の逡巡が終わった。片側に出ていた自分の体を安全な場所に戻して丹と向き合った。
「私には色が見えないの」
ゆっくりと口を開いた。そして、自分のことを伝え始めた。
「見えないと言うよりも認識できないと言う方が正しいと思う。色彩が認識できない人は結構いるけど、ほとんどの人が色が交ざって見えたりするらしい。ただ、私の場合は特別で色彩の認識がほとんどできなくて世界が白黒に見える病気なんだって。それに加えて光の強度にも弱くて、濃い薄いも気をつけていないとわからない。だからこんな安物の信号じゃあ結構厳しいわけ」
信号機を指さした。確かに丹が見ても色が薄かった。
丹には信じられなかった。未来路が嘘をついていると思っているわけではないし、実際に色覚障害の人がいることも知っている。だけど、これほど近くに、しかも重度の人がいるなど思いも寄らなかった。
「治らないの?」
治るならとっくにやっているはずだ。そんなことはわかっていたが一縷の望みで尋ねた。
「無理らしいわ。何百万人に一人の難病なんだって。まぁ、死ぬわけじゃないからあれだけど、どんどん視力が落ちていくらしくてそのうち失明するんだって」
他人事のように自分の病気について語り出した。
(失明・・・・・・)
その二文字が丹の頭を駆け巡った。色のない世界で苦しんでいる子がさらに何も見えなくなってしまうということがあまりにもかわいそうだった。
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