3人が本棚に入れています
本棚に追加
「し・・・・・・視力はどのくらい保つの?」
質問をやめなければならないという良心と、それでもここまで来たら未来路のことをもっと知ってあげたい、理解してあげたいという思いが拮抗していた。
未来路にも丹の気持ちの一部は伝わったようだ。ここまで来たら話そうと決めた。
「わからない。ただ、お医者さんの話だと最長で五年くらいらしいよ。症状の進み具合によってはそれが明日になるかもしれないし、一ヶ月後かもしれない。でも、決まっているのは私から世界が消えるということ。あと、ちなみに言うとこれは先天的なものだから、私は色という概念を知らない」
平然を装っているが声からは悲しみ、絶望、恐怖、負の感情が何重にも重なって伝わってきた。
「先天的・・・・・・」
「そう、だから青山君が好きな青色がどんな色か、信号の色、空の色、私の色、青山君の色、何もかもがわからない。と言うよりも知らない。私が知っているのは白と黒と灰色だけ」
(だから、今朝・・・・・・)
自分の疑問が少しばかり解消した気がした。
なぜ桜の花を見てどう思うのかを聞いたのか。未来路には桜の花の形しかわからないのだ。匂いなどでそれが桜だとわかったとしても、匂いをつけた紙と同じようなものなのだ。
なぜ緑色の葉っぱと紅葉した葉っぱのどちらが好きなのか聞いたのか。未来路にとってはどちらも同じ葉っぱなのだ。色づくことは知っていても、その色を脳内で補正することができないのだ。
そして、なぜ好きな色が白と黒と灰色なのか。それは他に選択肢がないからだ。未来路にとって色とはそれがすべてなのだ。
丹はその場に黙り込んだ。まだ頭の中を整理できない。
「かわいそう」の五文字では足りないほど、悲惨で残酷な運命。それを背負って生きていかなければならない未来路。
もしも自分が未来路の立場だったらこんな風に学校に通って、生活をすることができるだろうか? 人生に絶望してしまうのではないか?
丹は未来路の顔を見られなかった。
「じゃあ、私は帰るね。青山君は逆方向から帰った方がいいんじゃない? こっちは色々と遠回りだから。私としては信号がないこの道しか歩けないだけどね」
話は終わりと言わんばかりの言い方だった。
「青?」
丹に背を向ける形で、信号の方を見ながら聞いた。見えないはずの、わからないはずの信号をじっと見ている。
「うん・・・・・・」
未来路の背中とその先に見える信号を見て言った。
言い終わると再び未来路から顔を背けた。
「ありがとう。また明日」
片側に出ながらぼそりとつぶやくように言った。
未来路は道を進んでいった。周りの景色がどう見えているのか丹には想像もつかなかった。
「このことは誰にも言わないで」
最後に聞こえたのは弱々しい言葉だった。
未来路が立ち去っても丹は動けなかった。
まるで心が凍り付いてしまったかのような感覚にとらわれていた。
最初のコメントを投稿しよう!